画家を知る

同じ顔を、量産する——クラーナハ工房のルター像

裸体像も、繰り返された

肖像以外の主題も見ておきたい。

ヴィーナスとクピド
ルーカス・クラーナハ(父)《ヴィーナスとクピド》1525〜1527年ごろ。板に油彩。直径12.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。ルーカス・クラーナハ(父)《ヴィーナスとクピド》メトロポリタン美術館蔵

円形の板である。直径12.1センチ。掌に載る大きさだ。

黒い背景に、女性が立っている。裸で、赤い帽子をかぶっている。

透ける薄布を両手で持ち、体の前に垂らしている。

左に翼のある幼児。台の上に立ち、手を上げている。

縁には枝の飾りが円形に回る。

この主題は、この工房で繰り返し作られた。

先に見た《泉のニンフ》も、同じ系統の裸体像である。

構図を変え、寸法を変え、何度も注文に応じている。

需要の側の事情

裸体像の需要について、少し書いておきたい。

当時の北ヨーロッパでは、教会の主題以外の絵が増えつつあった。

古代の神話や寓意を口実にすれば、裸体を描くことができた。

《泉のニンフ》のラテン語の文も、その口実の一部である。

眠りを妨げるなという文は、鑑賞者に向けた台詞のようにも読める。

つまり、見る側の位置を絵の中に組み込んでいる。

この構造を、当時の男性の視線と結びつけて論じる研究は多い。

本稿ではその議論には踏み込まないが、
これらの絵が個人の書斎や小部屋に置かれた品であることは押さえておきたい。

公開の場に掛ける絵ではなかった。

寸法もそれを裏づけている。

直径12センチの円形の板は、壁に掛ける絵ではない。

蓋の付いた箱に入れ、手に取って見る品だったと考えられる。

横長のニンフ像も、寝室や小部屋に合う大きさである。

置き場所を想像すると、絵の性格が具体的になる。

板の産地も手がかりになる

材料の分析にも触れておきたい。

工房が使った板は、多くがブナと菩提樹だと知られている。

樫を主に使ったネーデルラントの工房とは、材が違う。

産地の森の違いが、支持体の違いになる。

そして年輪を測れば、伐採の時期がおおよそ分かる。

制作年の下限を決める手がかりになる。

つまり絵の様式ではなく、木の情報が年代を絞る。

板絵の性質については別のコラムで扱った。

見立て——作者性は、署名ではなく仕組みに宿る

まとめておきたい。

この工房が揃えていたのは、四つである。

一色の背景、寸法の規格、姿勢の型、そして蛇の標。

この四つがあれば、誰が手を動かしても同じ品質の商品が出せる。

そして標があるかぎり、その商品は「クラーナハ」として通用する。

現在の研究では、工房作と本人作の区別が大きな問題になっている。

同じ標が付いていても、手が違う例が多いからである。

帰属の難しさについては別のコラムで扱った。

工房で型が受け継がれる仕組みは、日本の版画にも見られる。

その事情はこちらのコラムで扱った。

顔を配ることの意味

もう一点、書き添えておきたい。

同じ顔が何度も作られると、その顔は記号になる。

ルターの肖像が繰り返し作られたのは、顔を知らせる必要があったからである。

同じ構造は、後の時代にも現れる。

初代大統領の顔が複製された経緯は別のコラムで扱った。

顔が通貨や記章に載る話もこちらのコラムで扱っている。

複製される顔は、個人から離れて制度の側の物になっていく。

この画家の場合、その相手が宗教改革だった。

顔を配ることが、思想を配ることと重なっていた。

絵の内容ではなく、絵の流通の仕組みが力を持った例である。

美術史ではしばしば様式が主題になるが、
この工房については、生産と流通のほうが本質に近いと考えている。

同じ顔が、何点あるのか

生産量についても書いておきたい。

この工房の作品は、現在数百点が確認されている。

同じ主題の複製が多数含まれる。

ルターの肖像、選帝侯の肖像、ヴィーナス、ニンフ。

一つの構図から、寸法や細部を変えた作品が繰り返し作られた。

つまり「同じ絵」が複数存在する。

このため、真作と工房作の区別が長く議論されてきた。

近年は、下地の作り方や板の年輪の分析が判断に使われている。

様式の判断だけでは決まらないため、材料の科学が持ち込まれた。

帰属の問題については別のコラムで扱った。

複製が多い工房ほど、帰属の議論は複雑になる。

暮らしへ——背景を一色にして撮ってみる

最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。

人を写真に撮るとき、背景を一色にしてみてほしい。

壁の前に立たせ、余計な物を画面から外す。

それだけで、顔の輪郭がはっきりする。

証明写真が背景を無地にするのは、同じ理屈である。

五百年前の工房が使った手は、いまも有効である。

同じ設定で家族を一人ずつ撮れば、対の肖像ができる。

そのとき、写す高さと距離も揃えてほしい。

顔の大きさが揃うと、並べたときに落ち着く。

工房が寸法を揃えたのは、同じ理由による。

寸法と背景を揃えるだけで、並べたときにまとまって見える。

飾るときの並べ方は別のコラムにまとめた。

そして、同じ服で二人を撮り比べてみてほしい。

背景と服が同じなら、違うのは顔だけになる。

工房が顔だけを描き替えていた仕組みが、実感として分かる。

群として見ると、規格が見える

最後に、見方をまとめておきたい。

15点を寸法と背景の色で並べると、規格が浮かんでくる。

同じ寸法、同じ背景、同じ姿勢。

一点だけを見ていては気づかない。

工房の生産を読むには、群として並べる作業が要る。

公開画像は、そのための道具である。

手元で並べ替え、寸法で揃え、背景の色で分けることができる。

展示室ではできない作業が、画面の上では可能になる。

工房の生産を読むには、この自由がいちばん役に立つ。

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