画家を知る

行かずに描いた、南の光——アルベルト・カイプ

顧客は、丘の上にいた

1650年代、カイプの画面に新しい人物たちが現れる。

騎手と牛飼いと牛
アルベルト・カイプ《騎手と牛飼いと牛》1655〜60年。油彩・画布。縦120センチ、横171.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アルベルト・カイプ《騎手と牛飼いと牛》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

再び、人の背丈に迫る大画面である。

丘の上に、馬に乗った男たちがいる。身なりがよい。

眼下には平野が広がり、遠くに城砦が見える。

夕方の光が平野を横から照らし、地面の起伏を金色に浮かび上がらせる。

坂の途中には牛飼いと牛。彼らはいまや、騎手たちの眺めの一部である。

牛の背も、騎手の肩も、同じ低い太陽が縁取っている。

遠くの城砦は、実在の場所というより、絵を飾る舞台装置だろう。

高いところから土地を見下ろす視点。それは、土地を持つ者の視点だ。

牛を描いていた画家の絵に、牛を眺める側の人間が入ってきた。

カイプの顧客層の変化を、この構図は物語っていると考えられる。

羽根飾りの帽子で、馬に乗る

馬上の貴婦人と紳士
アルベルト・カイプ《馬上の貴婦人と紳士》1655年ごろ、1660〜65年に加筆。油彩・画布。縦123センチ、横172センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。アルベルト・カイプ《馬上の貴婦人と紳士》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

灰色の馬に乗った貴婦人と、黒い馬の紳士。犬が駆け、従者が付き従う。

羽根飾りの帽子が、金色の空に映えている。

灰色の馬の毛並みは、夕方の光を受けて絹のように輝く。

狩りに出る場面だろう。地主階級の趣味を映した騎馬像である。

所蔵館の記録によれば、この絵は1655年ごろに描かれた。

そして1660〜65年に、加筆されたという。

一度仕上げた絵に、あとから手が入る。注文主の意向がうかがえる経緯である。

19世紀ロンドンの売立では、狩りへの出発を意味する題で呼ばれたと記録される。

牛飼いの画家は、上流階級の注文に応える画家になっていた。

三十代の、静かな筆置き

そして、筆は止まる。

1658年、カイプは裕福な結婚をしたと伝えられる。38歳のころである。

以後は市の要職に就き、ほとんど描かなくなったと伝えられる。

三十代での、事実上の引退である。

もっとも、貧しさゆえの転身ではない。むしろ逆である。

有力市民の家に生まれ、絵で名を高め、結婚でさらに地位を固めた。

絵で名を成し、絵を離れて、街の名士として後半生を生きた。

没するまでの三十年余りを、カイプはほぼ絵筆なしで過ごしたことになる。

同じ世紀のオランダには、よく似た経歴の風景画家がいる。

三十代で役人に転じ、筆数を減らしたホッベマである。

その事情はホッベマとロイスダールで述べた。

絵が職業だった時代には、絵をやめる自由もまた、あったのである。

死後、海を渡った金色

カイプの名は、死後しばらく、故郷の外では広く知られなかった。

再発見したのは、18世紀の英国の収集家たちだったと伝えられる。

彼らはカイプの金色の光を愛し、競って作品を買った。

多くの絵が海を渡り、英国の邸宅に収まったと伝えられる。

故郷オランダよりも、英国にこそ名品が集まったと言われるほどである。

来歴の記録が、それを裏づける。

所蔵館の来歴記録によれば、冒頭の《ドルトレヒトのマース川》は18世紀、ドルトレヒトの収集家の手元にあった。

1785年の売立で街を離れ、19世紀初めには英国の収集家の手に渡ったという。

《牛飼いのいる風景》も、1771年までに英国の伯爵家に入ったと記録される。

以後、百年以上その家に伝わった。

《牛の番をする牛飼いたち》には、18世紀半ばのロンドンの持ち主の可能性が記されている。

《馬上の貴婦人と紳士》も、19世紀には英国の城館にあったという。

ワシントンの所蔵品の多くが、こうして英国を経由してきたのである。

本稿の図版の来歴をたどるだけで、収集の歴史の地図が一枚描けてしまう。

英国では、風景画家ターナーらがカイプの光に学んだと伝えられる。

金色の光と広い水面という組み合わせは、英国絵画の一つの型になっていく。

輸入された光は、もう一度海を渡り、次の国の画家たちを照らした。

ドルトレヒトを出なかった画家の絵が、誰よりも遠くへ旅をしたのである。

見立て——記憶ではなく、演出の光

最後に、当サイトの見立てを述べたい。

カイプの金色は、記憶の光である。

ただし、本人の旅の記憶ではない。絵を通して受け取った、他人の南の記憶である。

カイプは実在のドルトレヒトに、見たことのない時刻を重ねた。

街の輪郭は正確に、光は理想のままに。

だからカイプの絵は、地誌でも空想画でもない。その中間の、独特の場所に立つ。

見慣れた故郷が、一番美しい時刻で固定されている。

故郷の絵として、これ以上の贈り物があるだろうか。

実景を写したはずの風景画が、実は光の演出でできている。

風景画は、実景の記録ではない。光をどこに仕込むかという、舞台の技術である。

朝の乗船も、夕方の牛も、丘の上の騎手も、同じ一つの光でつくられている。

カイプはその技術を、土地からではなく、絵から絵へと受け継いだ。

行かなかったことは、弱みではなかった。

故郷を離れないまま、光だけを長い旅に出したのである。

縁の光を、拡大して見る

最後にもう一度、夕暮れの川辺に戻ってほしい。

《牛のいる川の風景》の、横たわる牛たち。

逆光の中で、背中の輪郭が細い金色の線になっている。

体は影に沈み、縁だけが灯る。

たった一本の光る線が、影の塊を生き物に変えている。

その一本の線に、カイプの発明のすべてがある。

見たことのない光を、絵から学び、故郷に注ぐ。その企ての要が、この縁の光だ。

画像を拡大して、あの縁の光だけでも、じっくり見てほしい。

画家が見たことのない国の光が、故郷の牛の背で、確かに灯っている。

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