美術史・技法

同じ森、違う道——ロイスダールとホッベマ

師の森は荒れ、翳り、倒木が横たわる。弟子の森は晴れ、道が通り、赤い屋根の水車が回る。同じ部品で組み立てたはずの風景が、なぜこうも違うのか。オランダ黄金時代の森の画家、ロイスダールとホッベマ師弟の九点を並べて確かめる。

森の景
ヤーコプ・ファン・ロイスダール《森の景》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

倒れた白樺が、白く光る

一枚の絵から始めたい。

森の景
ヤーコプ・ファン・ロイスダール《森の景》1655年ごろ。油彩・画布。縦105.5センチ、横123.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヤーコプ・ファン・ロイスダール《森の景》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

暗い森である。

縦105.5センチ、横123.4センチ。風景画としては、かなり大きな画布である。

壁に掛ければ、森がほとんど等身大で迫ってくる寸法である。

画面の奥を、鬱蒼とした木立が塞ぐ。緑は深く、ほとんど黒に沈む。

その手前に、一本の白樺が倒れている。根ごと倒れ、白い幹を流れの上に横たえている。

樹皮の白が、画面でいちばん明るい。倒れた木が、この絵の主役である。

倒木の周りには、折れた枝が散らばる。嵐のあとの静けさ、と呼びたくなる場面である。

足元には浅い流れがある。水は岩の間を割れ、白く泡立って手前へ落ちてくる。

画面の前に立てば、水音まで聞こえてきそうである。

森の絵なのに、静かではない。流れと風が、画面を絶えず鳴らしている。

空は狭い。厚い雲が、梢の切れ目からわずかに覗くだけだ。

覗いた空も、晴れてはいない。灰色の雲が、森の暗さに蓋をしている。

人影は探さないと見つからない。森の主は、あくまで木と水である。

森の奥には、枯れて白骨のようになった木も立つ。葉を落とした枝が、暗がりに白く浮かぶ。

生きた木と死んだ木、立つ木と倒れた木。ひとつの画面に、木の一生が同居している。

森を写したというより、森について考えた絵である。

実際、オランダにこのままの深い森があったかは分からない。あとで触れるが、これは組み立てられた森である。

描いたのはヤーコプ・ファン・ロイスダール。オランダ黄金時代を代表する風景画家である。

枯木と倒木は、この画家の署名のような主題だった。ロイスダールの森は、いつもどこかが壊れている。

なお、実際の署名もある。所蔵館の記録によれば、右下に組み文字の署名が記されている。

所蔵記録によれば、この絵は十九世紀には英国の旧家にあった。世紀の終わりに海を渡り、のちにワシントンの所蔵となっている。

ハールレムに生まれた目

ロイスダールは1628年か29年ごろ、ハールレムに生まれた。

ハールレムは、オランダ風景画の一大産地だった。伯父のサロモンも、名の知られた風景画家である。

甥は伯父の姓を継ぐように、風景の仕事を継いだ。

風景を描いて売る仕事が、身近にある家で育ったことになる。

当時のオランダでは、絵は教会や宮殿の飾りではなかった。市民が買い、自分の家の壁に掛けるものだった。

画家は主題ごとに専門化していた。風景だけを描いて暮らせる市場が、すでにあったのである。

前の世代のオランダ風景画は、低い地平と広い空を得意にした。灰色がかった、静かな画面である。

その系譜はファン・ホーイェンで書いた。

若いロイスダールは、その静かな風景に影と量感を持ち込んでいく。

若描きを見たい。

海辺の砂丘
ヤーコプ・ファン・ロイスダール《海辺の砂丘》1648年。油彩・板。縦45.4センチ、横61.6センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヤーコプ・ファン・ロイスダール《海辺の砂丘》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

所蔵館の記録によれば、中央下に署名と1648年の年記がある。

生年から数えれば、二十歳前後の作ということになる。

左に海が開け、帆船が浮かぶ。右には砂丘が盛り上がり、木立が海風に傾ぐ。

砂の斜面には草がまばらに生え、影が長く落ちる。空には雲が湧き、光はその隙間から差す。

海は左の低みに退き、画面の重心は右の砂丘にある。均衡より、偏りを選ぶ構図である。

小さな板絵である。だが砂丘の土は、すでに重い量感を持っている。

前の世代なら、この主題は空の絵になっただろう。若い画家は、地面の起伏そのものを主役にした。

空より先に、土を見る目である。

所蔵記録によれば、この板絵は十九世紀にハノーファー王家の手に渡った時期がある。若描きの一枚にも、長い来歴がついている。

廃墟が、水に映る

もう一点、ロイスダールを見る。

エフモント城の廃墟のある風景
ヤーコプ・ファン・ロイスダール《エフモント城の廃墟のある風景》1650〜55年。油彩・画布。縦98センチ、横130センチ。シカゴ美術館蔵。ヤーコプ・ファン・ロイスダール《エフモント城の廃墟のある風景》シカゴ美術館蔵

崩れた煉瓦の城が、静かな水面に映っている。

エフモントはオランダ北部の地名である。そこに実在した城の廃墟が、主題に選ばれている。

塔は上部を失い、壁は欠け、窓は空洞になっている。崩れた輪郭が、水の上に逆さに繰り返される。

水面は鏡のように静かである。壊れたものほど、水は丁寧に映す。

実景と映り込みで、廃墟は二度描かれる。滅びが、画面の中で倍加する仕掛けである。

空の大半を、暗い雲が覆う。光は雲間から、廃墟のあたりを選ぶように落ちる。

縦98センチ、横130センチの大作である。廃墟は、見上げる気分の大きさで描かれている。

所蔵館の記録によれば、右下に組み文字の署名が記されている。二十代の画家が、滅びの主題に署名したことになる。

かつて人が築いたものが、いまは崩れて水に映る。時間そのものが主役の絵である。

倒木は自然の廃墟であり、廃墟は建物の枯木である。ロイスダールは、その両方を繰り返し描いた。

この画家にとって、自然は劇場だったのだろう。滅びるもの、荒れるものが、その舞台に立つ。

人の営みは、その舞台では脇役である。ロイスダールの人物はたいてい小さく、風景に呑まれている。

では、その舞台で育った弟子は何を見たのか。ページを改めて、確かめたい。