画家を知る

締め切りのない絵——ドーミエの油彩

黄褐色の闇に、貧者たちが

まず、早い時期の一枚を見る。

物乞いたち
オノレ・ドーミエ《物乞いたち》1843年ごろ。油彩・画布。縦59.5センチ、横73.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。オノレ・ドーミエ《物乞いたち》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

黄褐色の闇である。壁際の地面に、貧しい人々がうずくまっている。

座り込む者。幼子を抱える者。通りかかる人影へ、手を差し出す者。

顔は細かく描かれない。太い輪郭と暗い色の塊が、人の形をつくっている。

光はわずかで、どこから差すのかもはっきりしない。

背景の壁は、ほとんど闇に溶けている。場所を特定する手がかりはない。

どこの街にもいた人々、としか言いようのない描き方である。

古い宗教画の巡礼や聖家族を思わせる、と評されることもある構図だが、ここに奇跡はない。

差し出された手に、何かが載る気配もない。

風刺画なら、ここで誰かを笑いものにするところだ。

物乞いを笑うか、施す側の偽善を笑うか。紙面ならどちらかに毒を向ける。

だがこの画面に、笑いはない。闇の中の人々を、ただじっと見ている。

画面の左下には、画家の署名が入っていると所蔵館の記録にある。

描き捨てではなく、自分の作品として認めた一枚だったことになる。

同じ記録によれば、この絵は画家の死後も手元にあり、妻に相続された。

つまり、生前に売られなかった絵だと考えられる。

新聞で毎週人を笑わせていた人が、誰にも頼まれずに、これを描いていた。

灰色のまま、止まっている

次の一枚は、もっと未完成である。

旅回りの曲芸師たち
オノレ・ドーミエ《旅回りの曲芸師たち》1847〜50年。油彩・板。縦32.6センチ、横24.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。オノレ・ドーミエ《旅回りの曲芸師たち》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の小さな板絵である。旅回りの芸人の一家が、道具を抱えて歩いている。

先に立つ男は太鼓を抱え、うつむいて足を運ぶ。妻と子が、その後に続く。

広場での興行を終えたのか。それとも、場所を追われたのか。

人を集めて笑わせる商売の、誰も見ていない時間である。

舞台の上の曲芸師ではなく、舞台と舞台のあいだを歩く曲芸師。

人前で芸を売る者の、素顔の時間である。

笑わせる仕事を持つ画家が、この主題に何を重ねたかは、想像に難くない。

これは、締め切りと締め切りのあいだを生きた画家自身の時間でもあっただろう。

画面は灰色に沈み、塗りは薄い。板の地色が透けるところもある。

線で形を探った跡が、消されないまま残っている。

空も道も、ほとんど同じ灰色である。彩色というより、色のついた下描きに近い。

それでも一家の歩く方向と、荷物の重さは、はっきり伝わる。

完成した絵というより、油絵の具で描いた素描に近い。

だが、うつむいた男の背中の重さは、この薄塗りだからこそ伝わってくる。

仕上げれば消えたかもしれないものが、ここには残っている。

逆光の母子と、白い対岸

未完成の絵ばかりではない。仕上げまで届いた一枚がある。

洗濯女
オノレ・ドーミエ《洗濯女》1863年ごろ。油彩・板(オーク)。縦48.9センチ、横33センチ。メトロポリタン美術館蔵。オノレ・ドーミエ《洗濯女》メトロポリタン美術館蔵

セーヌの河岸である。洗濯物の重い束を抱えた女が、石段を上ってくる。

もう片方の手は、幼い子の手を引いている。子は小さな足で、段を探っている。

二人は逆光の中にいる。顔は影に沈み、輪郭だけが濃く浮かび上がる。

背後の対岸には、日を受けた建物の列が、白くまぶしく光っている。

窓の並びは略され、壁は光の面としてひとつづきに塗られている。

明るい岸と、暗い岸。光を浴びる街と、水際で働く人。

対比は明快だが、絵は声を荒らげない。ただ、そう見えたままを描いている。

説明の言葉はひとつもないのに、この母子の一日が見えるようである。

朝から水に浸かり、夕方には重い束を抱えて家へ帰る。その繰り返しの一日である。

川で洗濯を請け負う女たちは、当時のパリの水辺の日常だった。

重い水仕事を終えて、まだ子の手を引く。その一歩に、画面の重心が乗っている。

ドーミエは、その日常を英雄画のような堂々とした構図で描いた。

縦48.9センチの小さな板が、壁画のような量感をたたえている。

この作品は、ドーミエの油彩の中では数少ない完成度の高い一枚とされる。

仕上げてもなお、太い輪郭と明暗の強さは、少しも失われていない。

石版画家の目が、持ち込んだもの

ここまでの三枚を並べると、共通するものが見えてくる。

第一に、輪郭の太い線である。形はまず線で決まり、色は後から従う。

第二に、明暗の一撃である。黒に近い影と、白に近い光が正面からぶつかる。

第三に、群衆の顔の省略である。一人ひとりの肖像ではなく、塊としての人々を描く。

省かれた顔は、匿名の顔である。名のない人々を、名のないまま描く。

どれも、石版画の仕事で鍛えられた目だと考えられる。

石版のクレヨンは、白黒の階調と強い線ですべてを語る。色はない。

締め切りまでの短い時間で、読者に一瞬で伝わる形を作る。

その訓練が四十年分、この人の手には染み込んでいた。

油彩に向かっても、その手は変わらなかった。変える必要もなかった。

だから、ドーミエの油彩は同時代の完成主義から遠いところにある。

つややかな仕上げも、細部の描き込みも、この絵たちには最初から要らない。

線と明暗が語り終えたところで、筆を置く。置けないまま残ることもある。

複製メディアで鍛えられた線が絵を変える話は、後の世代でも繰り返される。

その代表はロートレックの厚紙と線だろう。

ドーミエは、その半世紀前を歩いていた先駆けである。