締め切りのない絵——ドーミエの油彩
客席の顔、顔、顔
後半は、ドーミエが油彩で繰り返し描いた、もうひとつの主題を見たい。
絵や芝居を「見る側」の人間である。

芝居見物の客席である。舞台はほとんど見えない。
見えるのは、明かりに照らされた観客の顔、顔、顔である。
身を乗り出す者。連れに何かささやく者。浮かない顔で腕を組む者。
同じ芝居を見ているのに、顔つきは一人ずつ違う。
芝居そのものより、芝居を見る人間のほうが面白い。
この視線の向け方は、まぎれもなく風刺画家のものである。
紙面で観客席を描き続けた人が、油彩でも客席へ目を向けている。
舞台の照明が客席の下から回り込み、顔を明るく縁取っている。
その光のあて方は、そのまま石版画の白と黒の設計である。
ただし、ここでも毒は抜かれている。誰の顔も、戯画にはなっていない。
白い頭巾が、並ぶ
見る人々は、劇場だけでなく、教会にもいる。

縦15.2センチ。手のひらに載るような、小さな板である。
暗い堂内に、祈る女たちが座っている。白い頭巾だけが、点々と明るい。
顔の造作は、ほとんど描き込まれていない。数筆の素描のような小品である。
それでも、うつむく首の角度と丸めた肩が、祈りの時間の長さを伝えてくる。
見えない何かへ顔を向ける人々もまた、「見る人」である。
小さな板の上で、筆は最小限のことしかしていない。
その最小限が、ちょうど過不足のないところで止まっている。
これも「未完成」と呼べるのかもしれない。
だが、これ以上の筆を足す場所が、どこにも見当たらないのである。
素描を、めくる手
見る人の絵は、画家の仕事場にも及ぶ。

年上の画家が、若い画家の素描の束を膝の上でめくっている。
若者はかたわらに立ち、身を固くして判定を待っている。
紙の白が、暗い室内でいちばん明るい。視線はすべてそこへ集まる。
紙を見る目と、見られる者の緊張。ここでも主役は「見る」ことである。
所蔵館の記録によれば、この絵は風景画家コローの旧蔵品だった。
コローの死後、1875年の遺産売り立てに出たことが記録されている。
コローはドーミエの友人であり、晩年の恩人でもあった。その話は後で触れる。
画中の助言する側の姿に、当時の人は持ち主の面影を重ねたかもしれない。
競売場で、絵が値踏みされる
そして、見ることがそのまま金額になる場所も描いた。

パリの競売場ドルオー館である。係の男が、金の額縁の絵を高く掲げている。
その前に、買い手たちの群れ。首を伸ばし、目を細め、品定めをしている。
黒い外套の背中が並び、その隙間から幾つもの横顔がのぞく。
熱気と、そろばん勘定と、少しの見栄。競売場の空気がそのまま画面にある。
画面の下には「A L'hotel Drouot」と書き込みがあると所蔵記録にある。
競売場の名を、画家自身が画面に記したことになる。
掲げられた絵そのものは、よく見えない。描かれているのは、値踏みする目つきである。
芝居を見る顔、祈る背中、素描をめくる手、そして競売の目つき。
ドーミエは、見られる絵ではなく、見る側の人間喜劇を描き続けた。
絵とは何かという問いに、絵の周りの人間を描くことで答えている。
晩年——目が、先に衰えた
その晩年は、明るくなかった。
視力が衰え、石版画の仕事も細り、暮らしは困窮したと伝えられる。
目で稼いできた人にとって、目の衰えは筆を折られるに等しかっただろう。
パリ郊外の住まいは、友人コローが用立てたものだったと伝えられる。
素描をめくるあの絵の持ち主が、現実でも助ける側に回ったことになる。
死の前年の1878年、画商デュラン=リュエルの画廊で、初の個展が開かれた。
七十歳にして初めて、油彩の仕事がまとめて世に出たのである。
だが売れ行きは振るわなかったと伝えられる。翌1879年、ドーミエは没した。
油彩画家としての評価は、ほとんどが死後にやってきた。
今回並べた八点の来歴を所蔵記録で追うと、多くが死後に画商や収集家の手を巡っている。
生前に紙面で誰もが知っていた名前が、画布では死後にようやく見出された。
見立て——毒を抜いた、同情の絵
当サイトの見立てを書いておきたい。
ドーミエの油彩は、風刺の毒を抜いた、同情の絵である。
新聞の石版画は、権力と虚栄を笑いの毒で刺す仕事だった。
同じ時代のクールベの挑発を思い出したい。
クールベは油彩そのものを武器にして、堂々と世間に喧嘩を売った。
同じレアリスムの時代を生きても、闘い方は人それぞれである。
ドーミエは逆だった。武器は新聞に置いてきた。油彩では、誰も刺さなかった。
三等車両の老婆も、物乞いも、曲芸師も、洗濯の母子も、笑いものにされていない。
笑わせる仕事の裏で、この人は笑えない現実を静かに描き溜めていた。
そして、その多くを仕上げる時間が、最後までなかった。
締め切りのない絵は、いつでも再開できる。そして、いつまでも終わらない。
透けた格子も、灰色の塗り残しも、本業の合間という時間の痕跡そのものである。
未完成は失敗ではない。新聞の人の油彩が生きた、時間の形である。
もう一度、三等車両へ
最後に、最初の絵へ戻りたい。
三等車両の、あの茶色い車内である。
籠を抱いた老婆は、方眼の格子越しに、今もまっすぐ前を見ている。
その視線の先に何があるのか、絵は語らない。
籠の中身も、行き先も、隣の眠る少年との関係も、わからないままである。
それでも、この人がどういう一日を生きてきたかは、伝わってくる。
締め切りに追われ続けた人が、締め切りのない画布に残した人々である。
完成を待たずに残されたからこそ、描いていた時間ごと、こちらへ届く。
もしこの絵の前に立つ機会があれば、格子の線をそっと目でなぞってみてほしい。
そこにあるのは欠落ではない。新聞の人が油彩と過ごした、密度の高い時間である。






