横126センチの版画——鳥文斎栄之の続き物
建物で、画面を仕切る
この一点の構図も見ておきたい。
画面の上半分に、黒い屋根と壁が横に伸びる。
吉原の大門と、その奥の通りである。
建物が水平の帯を作り、その下に人が並ぶ。
つまり、上下二層の構造になっている。
続き物では、こうした水平の要素が接ぎ目を目立たなくする。
屋根、塀、川、雲。いずれも横につながる。
紙の境目をまたいで線が続けば、五枚が一枚に見える。
室内の場面も、横につなぐ
屋外だけではない。

座敷の場面である。
左端に立つ女性が、黒地に縞の衣を着ている。
その右に、赤い枠の衝立。細かい格子が張られている。
中央では女性が座り、燭台に手を伸ばす。
右には楽器の箱らしき黒い物が置かれ、女性が二人。
天井から提灯が三つ下がり、画面の上部を区切る。
畳の縁が、床を横切る線になっている。
屋内でも、水平の線が接ぎ目をまたいでいる。
行列を、横に伸ばす
もう一点、三枚続を見たい。

桜の下の行列である。
中央に、黒い箱型の乗り物がある。大きな車輪が付く。
その前後に女性が十人以上続く。
先頭は右へ向かって歩き、後尾は左に残る。
つまり、時間の流れが横方向に置かれている。
先を行く人と、後から来る人が、同じ画面にいる。
横長の画面は、行列という主題に向いている。
上部は淡い桃色の雲で埋められ、桜の枝が横に伸びる。
何人が関わったのか
制作の分担にも触れておきたい。版画は、絵師一人の仕事ではない。
版下を描く絵師、版木を彫る彫師、紙に摺る摺師。そして全体を差配する版元がいる。
五枚続なら、版木の数はさらに増える。色の数だけ版木が要るからである。
一点の続き物の裏に、十数枚の版木があったことになる。
つまり続き物は、工程の規模が大きい商品である。値段も、一枚ものより高かったと考えられる。
二枚続では、対にする
枚数が減ると、扱いも変わる。

これは二枚を並べた形式である。
右の紙に三人、左の紙に二人。
それぞれの紙の上部に、円形の枠がある。
枠の中には小さな風景が描かれている。
水辺、山、飛ぶ鳥。八景の主題である。
つまり上に風景、下に当世の女性という二層構造になっている。
右と左は、別々の景を割り当てられている。
続きではあるが、場面はつながっていない。
対として並ぶ形式である。
古典を、遊里に移す
この二枚続の題名にも触れておきたい。
浮世源氏八景とある。
源氏物語の巻名と、八景の型を掛け合わせた題である。
幻、薄雲は、源氏物語の巻の名前である。
落雁、晴嵐は、八景の景色の名前である。
二つの型を重ね、当世の女性の姿で描く。
こうした置き換えを見立てと呼ぶ。
同じ方法は、別のコラムでも扱った。
栄之の場合、借りる型が古典に寄っている点が特徴である。
武家の出という経歴
作者についても触れておきたい。
鳥文斎栄之は、幕府に仕える家の出だったと伝えられる。
絵師になる前に、役職に就いていたとも言われる。
ただし、経歴の細部については記録が一様でない。
所蔵館の記録も、生没年以上のことは書いていない。
だから、ここは伝えられているという範囲にとどめたい。
古典的な主題が多いことと、経歴を直結させるのも慎重にしたい。
主題は注文と流行でも決まるからである。
円窓という仕掛け
枠の使い方にも触れておきたい。円形の枠に風景を入れる形式は、窓に見立てられる。
実際の座敷にも、丸い窓が作られることがある。その形を絵の中に持ち込んでいる。
枠の中と外で、時間も場所も違う。中は古典の景、外は当世の人物である。
一枚の紙の中に、二つの世界が同居している。
一枚だけの大判
続き物ばかりではない。

一枚で完結する大判である。
女性が半身で描かれ、画面の大半を占める。
髪に櫛と簪が放射状に何本も挿さっている。
白い衣が肩から胸に流れ、輪郭線が細い。
両手で貝を持ち、中を覗き込んでいる。
貝合わせという遊びの場面である。
左上に短冊形の枠があり、題と歌が入る。
顔を大きく描く形式については、
別のコラムで扱った。
六歌仙という枠
題名の六歌仙にも触れておきたい。
六歌仙は、平安時代の六人の歌人を指す。
喜撰法師は、そのうちの一人である。
その歌人の名を、当世の女性の姿に重ねている。
つまり、ここでも型を借りている。
六人という数が決まっているので、揃物になる。
数の決まった枠は、集める動機を作る。
柱絵も描いている
判型の幅も見ておきたい。

細長い柱絵である。縦64.1センチ、横11.7センチ。
上部に黒い箱と提灯があり、その下に女性が立つ。
赤と桃色の衣で、裾が下端まで伸びる。
顔は小さく、体はさらに細長く見える。
細い紙は、細身の人物と相性がよい。
判型が人物の比率に影響する例である。
制作年は1780年ごろで、公開分では最も早い。