画家を知る

横126センチの版画——鳥文斎栄之の続き物

鳥文斎栄之の五枚続は、横126.7センチに及ぶ。紙を並べて画面を伸ばし、行列や群衆を横に流す。九点で続き物の設計を読み、裁断されて寸法が変わった一点にも触れる。細身の様式がどう作られたかも確かめたい。

新大橋下の隅田川の遊船
鳥文斎栄之《新大橋下の隅田川の遊船》メトロポリタン美術館蔵

横126センチの版画

一点の版画から始めたい。

新大橋下の隅田川の遊船
鳥文斎栄之《新大橋下の隅田川の遊船》1792年ごろ。五枚続の木版摺、紙に墨と色。縦39.1センチ、横126.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。鳥文斎栄之《新大橋下の隅田川の遊船》メトロポリタン美術館蔵

寸法を先に見てほしい。縦39.1センチ、横126.7センチ。

一メートル二十六センチである。

版画としては、異例の長さに見える。

しかし種明かしは簡単で、これは五枚の紙を横に並べたものである。

大判の版画を五枚、続けて摺り、横につないでいる。

画面をよく見ると、四か所に縦の継ぎ目がある。

紙と紙の境目である。

そこで線がわずかにずれている箇所もある。

一枚の大画面ではなく、五枚の集合体なのである。

何が描かれているか

内容も確かめておきたい。

画面の中央から右にかけて、屋根のある舟が二艘つながる。

屋根の下に人が並び、簾が巻き上げられている。

その手前に、小舟がもう一艘。船頭が棹を持つ。

左端には橋脚が縦に並ぶ。新大橋の下だと題名は説明する。

右奥には岸が続き、家並みと蔵が小さく描かれる。

さらに奥、右上の隅に寺の屋根らしき形が見える。

水面は淡い墨で、波はほとんど立っていない。

つまり、川遊びの一場面である。

舟遊びという主題

主題の背景も確かめておきたい。

隅田川の舟遊びは、江戸の夏の遊びである。屋根舟を借り、飲食をしながら川を下る。

花火の日には、川面が舟で埋まったと伝えられる。この絵に花火は描かれていない。

しかし舟の数と人の多さは、その賑わいを示している。

橋の下という位置も、意味がある。新大橋は、当時の主要な橋の一つだった。

橋と舟を同じ画面に入れれば、場所が特定できる。名所の絵としての役目も持っている。

続き物という形式

この形式を続き物と呼ぶ。

二枚続、三枚続、五枚続と、枚数はさまざまである。

版木は一枚ずつ彫られ、紙も一枚ずつ摺られる。

買う側は、続けて買って横に並べる。

一枚だけ買っても、絵として成立するように設計されている。

つまり、単品としても組物としても売れる商品である。

数を揃えたくなる仕組みが、形式そのものに入っている。

問い——横に長い画面は、何を可能にしたのか

ここで問いを立てたい。

一枚の紙に描ける範囲は、判型で決まっている。

大判は縦39センチ、横26センチほどである。

その枠を超えるために、紙を横に並べた。

では、横に長くなった画面で、絵師は何をしたのか。

人を増やしただけなのか、それとも別のことが起きたのか。

当サイトには鳥文斎栄之の作品が11点公開されている。

うち四点が三枚続、一点が五枚続である。

この五点を中心に、続き物の設計を読みたい。

群衆を、横に流す

まず、人が多い一点を見たい。

秋の吉原の花魁道中
鳥文斎栄之《秋の吉原の花魁道中》1793年ごろ。三枚続の木版摺、紙に墨と色。縦36.8センチ、横74.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。鳥文斎栄之《秋の吉原の花魁道中》メトロポリタン美術館蔵

画面は黄色い地で埋まっている。

上部に赤い提灯が三つ、等間隔に下がる。

その周りに枝が広がり、白と紅の花が咲く。

人物は十五人ほど。ほぼ全員が女性である。

中央に背の高い女性が三人並び、大きく結った髪に櫛と簪が並ぶ。

左右に、小さな子どもや付き添いの女性が続く。

そして、全員がほぼ同じ高さに立っている。

遠近によって大きさを変えていない。

つまり、横に長い帯の上に、人が並べられている。

提灯が、時刻を示す

細部にも触れておきたい。上部の提灯は、灯りが必要な時刻を示している。

つまり、この場面は夕方から夜にかけてである。しかし画面は暗くない。

背景は明るい黄色で埋められ、影も描かれていない。夜であることは、提灯という記号で示される。

明暗ではなく、記号で時刻を伝える方法である。西洋の絵とは、そもそも前提が違う。

夜の絵の作り方については、別のコラムで扱った。

大きさを変えないという選択

この扱いは、意図的だと考えられる。

遠近法を使えば、奥の人は小さくなる。

しかし小さくすれば、顔も衣装も見えなくなる。

この絵の目的は、衣装と人を見せることにある。

だから奥行きより、並びを優先している。

同じ選択は、他の絵師の群像にも見られる。

その事情は別のコラムで扱った。

続き物では、この並べ方がさらに効きやすい。

横が長いほど、人を多く並べられるからである。

切られた組

次の一点には、記録に注意書きがある。

吉原大門の花魁と付き添い
鳥文斎栄之《吉原大門の花魁と付き添い》1794年ごろ。三枚続の木版摺(裁断あり)、紙に墨と色。縦36.5センチ、横73センチ。メトロポリタン美術館蔵。鳥文斎栄之《吉原大門の花魁と付き添い》メトロポリタン美術館蔵

所蔵館の記録は、この三枚続に「trimmed」と書いている。

裁断されているという意味である。

画面を見ると、上下の余白がほとんど無い。

人物の頭が、上端すれすれに来ている。

本来あったはずの余白が、切り落とされたと考えられる。

版画は紙であり、あとから切ることができる。

額に合わせて切る、帖に貼るために切る、傷んだ縁を落とす。

理由はさまざまだが、結果として寸法が変わる。

寸法は、作られたときの寸法ではない

ここは重要な点なので、繰り返しておきたい。

記録に載っている寸法は、いま現在の寸法である。

摺られた当初の大きさとは限らない。

とくに版画では、裁断が珍しくない。

だから寸法から判型を推定するときは、慎重になりたい。

所蔵館が「trimmed」と書いてくれている場合は、まだよい。

書かれていない場合、切られたかどうかは分からない。

記録の書き方そのものが、読み方を左右する。

色が、褪せている

この一点は、色の状態にも特徴がある。全体に淡く、赤みが弱い。

他の三枚続と並べると、差がはっきり分かる。紅は光に弱く、褪せやすい顔料である。

つまり、いま見えている色は当初の色ではない。同じ絵師の作でも、保存の履歴で見え方が変わる。

色の比較をするときは、この前提が要る。