画家を知る

なぜ身体が伸びるのか——エル・グレコ

初期は、横長で、群像だった

まず1570年より前の作品である。

神殿を清めるキリスト
エル・グレコ《神殿を清めるキリスト》おそらく1570年より前。板に油彩。縦65.4センチ、横83.2センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。左下にギリシア文字で「クレタ人ドメニコス・テオトコプーロス」と署名がある。エル・グレコ《神殿を清めるキリスト》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

寸法を見てほしい。縦65.4センチ、横83.2センチ。横長である。

支持体も違う。画布ではなく板である。

画面には二十人以上が描かれている。

中央でキリストが鞭を振り上げ、周囲の人々が身を伏せている。

左手前に女性が倒れ、傍らに鳥籠が置かれている。

床は幾何学模様のタイルで、奥へ向かって縮んでいく。

背後には円柱とアーチ。その向こうに空と雲が見える。

体の比率は、この時点では標準的である。

頭と胴の関係も、腕の長さも、目に自然に見える。

署名には「クレタ人」の語が入っている。

出身を明示していたのは、まだ無名だった時期だからだろう。

盲人を癒すキリスト
エル・グレコ《盲人を癒すキリスト》1570年ごろ。油彩・画布。縦119.4センチ、横146.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。エル・グレコ《盲人を癒すキリスト》メトロポリタン美術館蔵

こちらも横長である。縦119.4センチ、横146.1センチ。

床のタイルが強い遠近法で描かれている。

線が奥の一点へ集まり、空間の深さを作っている。

左に群衆、中央にキリスト、右に議論する人々。

奥には建築が並び、さらに向こうに空が開ける。

つまりこの時期の関心は、空間の構築にあった。

ヴェネツィアとローマで学んだ方法である。

比率は保たれ、人物は空間の中に配置されている。

二点を比べると、支持体の違いも分かる。

前者は板、後者は画布である。

画布は軽く、大きな画面を作りやすい。運搬にも向く。

16世紀のイタリアでは、画布への移行が進んでいた。

板から画布へという変化は、絵の大きさの上限を押し上げた。

この画家が晩年に2メートル超の画面を作れたのも、画布のおかげである。

材料の変化が、様式の変化を可能にした面がある。

二つの時期のあいだに何があったか

1570年から1577年までの数年が、変化の時期にあたる。

ローマでは、古代彫刻の量感と、ミケランジェロの人体を見ている。

ヴェネツィアでは、色と筆の扱いを学んでいる。

その二つを持ってスペインへ渡り、教会の注文を受け始めた。

スペインの宗教画は、当時、信仰の高揚を求められていた。

対抗宗教改革の時期で、絵には教義の明快さと感情の強さが要求された。

正確な空間よりも、見る人を動かす形が優先されたと考えられる。

この要求が、伸びた身体と結びついたという説明は説得力がある。

ただし、注文主が比率まで指定した記録は確認していない。

画家の側の判断だったと考えるのが自然である。

トレドに移ってから、縦になる

1577年ごろ、画家はスペインのトレドへ移る。

そこで教会や修道院の注文を受けるようになった。

枢機卿フェルナンド・ニーニョ・デ・ゲバラ
エル・グレコ《枢機卿フェルナンド・ニーニョ・デ・ゲバラ》1600年ごろ。油彩・画布。縦170.8センチ、横108センチ。メトロポリタン美術館蔵。エル・グレコ《枢機卿フェルナンド・ニーニョ・デ・ゲバラ》メトロポリタン美術館蔵

縦170.8センチの肖像である。

赤紫の法衣を着た人物が、椅子に座っている。

法衣の裾が床まで広がり、面積の大部分を占める。

顔は小さく、丸い眼鏡をかけている。髭は短い。

左手は椅子の腕に置かれ、右手は手袋を握っている。

背景は金色の壁と、緑の垂れ布。床は白と黒の市松。

床の手前に、小さな紙が一枚落ちている。署名が書かれた紙である。

この署名の置き方も面白い。

画面の中に紙を描き、その紙に名前を書く。

絵の一部として署名を組み込む方法である。

工房の標を隅に置いた別の画家の例もある。

署名を商標のように使う仕組みは別のコラムで扱った。

こちらは商標ではなく、絵の中の小道具として名を残している。

ここでも縦の伸びが見える。

法衣の縦の襞が、人物の高さを強調している。

顔の小ささと衣の大きさの対比が、体を大きく見せている。

トレド風景
エル・グレコ《トレド風景》1599〜1600年ごろ。油彩・画布。縦121.3センチ、横108.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。エル・グレコ《トレド風景》メトロポリタン美術館蔵

人物のいない絵も見ておきたい。

縦121.3センチ、横108.6センチ。ほぼ正方形である。

丘の上に町が建っている。城と塔が白く光る。

空は暗い青灰色で、雲が渦を巻いている。

手前は緑の斜面で、木立と小さな建物が点在する。

川が谷を流れ、橋が架かっている。

注目したいのは、空の面積である。

画面の半分以上が空で、そこに強い動きが与えられている。

嵐の空が、町を見下ろす視点と組み合わされている。

人物がいなくても、垂直の緊張が作られていることになる。

町の描き方にも留保が必要である。

この絵の建物の配置は、実際のトレドの地形と一致しないと指摘されている。

主要な建物を目立たせるために、位置を動かしたと考えられている。

つまり風景画でありながら、正確な地図ではない。

土地の姿を、印象として組み直している。

記録と主張の違いについては別のコラムでも扱った。

風景画にも同じ問題がある。