なぜ身体が伸びるのか——エル・グレコ
晩年——引き伸ばされた身体
最後の数年の作品を見たい。

古代の物語を描いた絵である。
画面の中央に、老人が地面に横たわっている。
体に蛇が巻き付き、頭を持ち上げて襲いかかる。
その左に、若い男が仰向けに倒れ、蛇と組み合っている。
右には裸の人物が二人、立っている。
いずれも体が細く、手足が長い。頭は小さい。
そして背景である。
古代のトロイアではなく、トレドの町が描かれている。
丘の上に城壁と塔が並び、その手前に馬が一頭立つ。
つまり神話の場面が、画家の住む町の風景の中に置かれている。
画面の右の人物は、輪郭だけで塗りが薄い。
未完成の部分が残っているとみられる。
この一点には、もう一つ注目すべき点がある。
画面の左下に「104」という番号が書かれている。
所蔵館の記録は、由来の分からない所蔵番号だと書いている。
同じ時期の《聖ヒエロニムス》には「100」がある。
つまり、かつて同じ家か施設にあった一群だと推測できる。
番号は絵の内容とは無関係だが、来歴を追う手がかりになる。
作品の表面に残された文字は、絵より後の歴史を語ることがある。

縦2メートルを超える大画面である。
左に大きな人物が立ち、両手を上げて空を仰いでいる。
青い衣が体に巻き付き、襞が縦に走る。
その右に、裸の人物が群れをなして立ち上がっている。
黄色と緑の布が宙に広がり、天使のような姿が布を掲げている。
人物の頭は小さく、胴と脚が長い。
体はいずれも上へ伸び、画面の外へ抜けようとしている。
そして重要なのは、この絵が完全な姿ではないことである。
所蔵館の記録は、上部が切り取られていると明記している。
本来はさらに高い画面で、上に何かが描かれていた。
縦の伸びが強く見えるのは、上が失われているためでもある。

岩の前に、裸の老人が跪いている。
胸の骨が浮き、腹はくぼんでいる。腕は細く長い。
右手を前に伸ばし、左手で木の十字を支えている。
顔は上を向き、口が開いている。
背後は暗い岩と、割れ目から見える白い雲。
体の描き方は、解剖学的な正確さを目指していない。
骨と筋の形を誇張し、上へ引き伸ばしている。

もう一点、晩年の単独像を見ておきたい。
縦109.9センチ、横64.1センチ。人の上半身ほどの大きさである。
老人が立ち、両手を胸の前で合わせている。
緑の衣に、藍色の外套。足は裸である。
右手側に、大きなX字の十字が立てられている。この聖人の持ち物である。
背景は暗く、下方に町らしい形が小さく見える。
体は細く、衣の襞が縦に走る。
顔は小さく、髭が胸まで届く。
単独像は、教会の柱間に並べて掛けるために作られた。
同じ寸法の使徒像を十二点そろえる注文もあった。
規格を揃えて並べる仕事だったことになる。
縦長の画面に一人を立たせる形式は、この用途から来ている。
伸びの理由——いくつかの説
なぜ伸びたのか。説明はいくつかある。
一つは、掛ける場所である。
教会の壁の高い位置に掛ける絵では、下から見上げることになる。
見上げると、上部が遠くなって縮む。だから最初から伸ばしておく。
天井画や高所の壁画で使われる補正の考え方である。
二つめは、修業の出自である。
クレタ島のイコンでは、身体の比率よりも型と象徴が重視される。
平面的で細長い身体は、イコンの伝統に近い。
三つめは、主題の性格である。
幻視、殉教、天への上昇。いずれも地上の重さから離れる場面である。
縦に伸びる身体は、その離脱を形にしていると読める。
なお、画家の視力に異常があったという説が古くからある。
しかし現在では、この説はほとんど支持されていない。
初期の作品では比率が正常だからである。
視力の問題なら、初期から歪んでいるはずである。
工房と、息子の関与
制作の体制にも触れておきたい。
この画家の工房には、息子と助手がいた。
同じ主題の作品が複数残っている場合、
工房の手が入っているとみなされることがある。
とくに使徒像のような組物では、分担が想定される。
つまり同じ様式の作品でも、手が一つとは限らない。
帰属の判断には、下地や絵具の分析が使われる。
複製の多い工房ほど、この判断は難しくなる。
見立て——伸びは、選択である
まとめておきたい。
年代順に並べると、この画家の変化は明らかである。
初期は横長の画面に群像を配し、遠近法で空間を作った。
晩年は縦長の画面に人物を大きく置き、空間を消した。
比率の歪みは、そのあいだに徐々に強まっている。
つまり伸びは、生まれつきの癖ではない。
主題と場所の要求に応じて選ばれた方法である。
断片として残っていることの影響
もう一点、書き添えておきたい。
晩年の作品は、切り取られたり継ぎ足されたりしている。
上部の失われた画面、番号の書かれた画布。
いま見ている姿は、当時の姿と同じではない。
板絵が分解されてきた経緯は別のコラムで扱った。
画布の絵も、同じように切られ、貼られ、額を替えられてきた。
比率の話をするときには、この点を忘れないでおきたい。
署名の言語が変わらなかったこと
最後に、署名の話をもう一度したい。
この画家は、生涯ギリシア文字で署名した。
スペインで四十年近く働き、注文主はスペイン語を使っていた。
それでも名前はギリシア語のままである。
出身を示す表明とも、伝統への帰属とも読める。
断定はできないが、意識的な選択であることは確かだろう。
署名は小さな文字だが、そこに立場が入っている。
暮らしへ——見上げる角度で撮ってみる
最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。
人を下から見上げる角度で写真を撮ってみてほしい。
脚が長く、頭が小さく写る。
顔を大きく見せたいときは、逆に高い位置から撮る。
角度によって比率が変わることは、体で確かめられる。
四百年前の画家は、この効果を計算に入れて描いていた。
もう一つ、部屋の中でも試せることがある。
鏡に映る自分を、少し離れて見上げてみる。
顔の位置が下がると、額が狭く、顎が広く見える。
見る角度が形の印象を変えることは、日常でも確かめられる。
そして絵を高い位置に掛けると、下辺が遠くなって画面が縮む。
縦長の絵を高く掛けるときは、少し前に傾けると見やすくなる。
掛ける高さと角度の話は別のコラムにまとめた。







