なぜ身体が伸びるのか——エル・グレコ
エル・グレコの人物は縦に伸びている。初期の横長の群像から晩年の細長い画面へ、何が変わったのか。署名の言語、工房の関与、見上げる位置という条件。九点を年代順に並べて確かめる。伸びの理由については、割れている説を割れたまま並べる。

縦に、長い
一枚の絵から始めたい。

まず寸法である。縦193.5センチ、横103センチ。
縦横の比は約一・九対一。人が立つよりも細長い画面である。
白い馬に乗った騎士が、画面の右を占めている。
金色の甲冑をまとい、白い襞襟を首に巻いている。顔は若い。
右手に剣を持ち、緑の外套を切り分けようとしている。
その左に、裸の男が立っている。
腰に布を巻き、両手で外套の端を受け取っている。
背後は空である。灰青の雲が横に流れ、下方に町と川が小さく見える。
聖人が自分の外套を切って乞食に与えたという伝説の場面である。
場面の設定を確かめる
主題も押さえておきたい。
四世紀の兵士だった聖人が、寒さに震える乞食に外套を分けた話である。
騎士の装いは四世紀のものではない。16世紀末の甲冑である。
つまり過去の物語を、当世の姿で描いている。
古典の場面を今の姿に移す趣向は、日本の版画にもあった。
見立てという方法である。洋の東西で同じ発想が使われている。
背景の町も、聖人の伝説の地ではなくトレドに近い眺めである。
物語を、見る人の身近な場所に置き換えている。
体の比率を、測ってみる
ここで、体の比率に注目したい。
裸の男の身長は、頭の大きさの九倍近くある。
一般に、人の身長は頭の七倍前後とされる。
馬の脚も長い。前脚が細く、地面までまっすぐ伸びている。
騎士の胴も、鎧の下で不自然に細い。
つまり人も馬も、縦に引き伸ばされている。
これは失敗ではない。意図された比率である。
理由の一つは、画面の形にある。
縦横比が一・九対一の画面に、二人と馬を入れる必要がある。
横に並べる余地がないため、縦に伸ばして収める。
判型が人体の比率を決めているということである。
紙や画布の形が絵の中身を決める例は、版画でも見た。
細長い判型の話は別のコラムで扱った。
材料と寸法の条件は、洋の東西を問わず絵の形を左右している。
色の使い方も、独特である
色にも触れておきたい。
甲冑は金と灰で、光の当たる面が白く抜けている。
外套の緑は鮮やかで、影の部分だけ深い青に沈む。
馬の白は、青灰色の陰影で立体を作っている。
裸の男の肌は、黄土と灰と白の三色で塗り分けられている。
いずれも中間色を省き、明暗を隣接させる塗り方である。
そのため輪郭が硬くなり、人物が背景から切り離されて見える。
伸びた比率と、この色の扱いが合わさって、独特の緊張が生まれている。
白い馬の意味
馬の描き方にも触れておきたい。
白い馬は、聖人の格を示す装置である。
汚れのない色が、施しの徳と結びつけられる。
さらに、白は画面の中で最も明るい面になる。
暗い背景と裸の男の肌のあいだで、馬が光源のように働いている。
主題の意味と、画面の設計が一致している例である。
なお、馬の首と脚の長さは実際の馬より長い。
騎士の体と釣り合わせるために、馬まで伸ばしていることになる。
署名は、ギリシア語で書かれている
もう一つ、この絵には特徴がある。
右下の署名である。
所蔵館の記録によれば、ギリシア文字の草書で
「ドメニコス・テオトコプーロス、これを作った」と記されている。
画家の本名である。
「エル・グレコ」は通称で、スペイン語で「ギリシア人」を意味する。
生まれはクレタ島。当時はヴェネツィア共和国の統治下にあった。
イコン、つまり聖像画の描き手として修業を始めている。
その後ヴェネツィアとローマに滞在し、1577年ごろからスペインのトレドに定住した。
異国で働き続けながら、署名は最後までギリシア語だった。
異国で働き続けた画家
経歴を少し詳しく見ておきたい。
クレタ島で生まれ、二十代でヴェネツィアに渡った。
当時のヴェネツィアでは、ティツィアーノやティントレットが活動していた。
その影響は初期の作品の色と構図に残っている。
続いてローマへ移り、古代彫刻とミケランジェロの作品を見ている。
そして1577年ごろ、スペインのトレドに落ち着いた。
トレドは大司教座の町で、教会の注文が多かった。
宮廷の仕事を得ようとして果たせなかったとも伝えられる。
つまり大都市の中心ではなく、地方の宗教都市で働き続けた画家である。
注文主が教会と修道院に偏っていたことは、主題の選択に影響している。
問い——なぜ身体が伸びるのか
ここから本稿の問いに入りたい。
この画家の絵では、人物が縦に伸びている。
いつからそうなったのか。そして、なぜそうしたのか。
当サイトが公開する14点を制作年の順に並べると、その変化が追える。
初期の作品と晩年の作品では、比率が明らかに違う。
以下、年代順に見ていきたい。
先に結論を書いておく。
伸びは徐々に強くなった。初期の作品では比率が正常である。
つまり生まれつきの癖ではなく、選んだ方法である。
そして選んだ理由には、掛ける場所と主題の性格が関わっている。