名画の楽しみ方

板に描かれ、布に移された——マンテーニャ、ルーベンスほか九点

剥がす、という作業

移し替えがどういう作業か、少し具体的に書いておきたい。

まず、絵の表面に紙や布を貼って固定する。

そのうえで、絵を裏返す。

裏から、板を削っていく。

鉋や、鑿や、やすりを使う。

板の厚みが二センチあれば、二センチぶんを削り取る。

最後に、絵具の層の裏に残った下地だけになる。

その下地に、新しい支持体を貼る。

そして、表に貼った紙や布を剥がす。

大きな絵ほど、作業は難しい。

一メートル八十三センチの《東方三博士の礼拝》なら、なおさらである。

削りすぎれば、絵具が抜ける。

削り足りなければ、木が残る。

失敗すれば、絵は戻らない。

いま、この処置がめったに行われないのは、そのためである。

そして、成功した場合でも、絵は変化する。

裏から圧力がかかるので、絵具の表面がわずかに平らになる。

筆の盛り上がりが、押しつぶされることがある。

館の記録は、そこまで書いていない。

書いているのは、処置が行われたという事実だけである。

板の形が、絵に残る

面白いのは、移し替えても板の形が残ることである。

ギルランダイオの一点は、上部が丸いアーチである。

これは、もとの板の形である。

板を取り去っても、絵具の層は同じ形をしている。

だから、輪郭は変わらない。

つまり、いま見えている形は、失われた板の形である。

前の回に見た祭壇画の板でも、形が位置を語っていた。

尖った頂点、丸いアーチ、四角い縁。

移し替えを受けた絵でも、その情報は残る。

もっとも、縁が切り詰められることはある。

グリゼルダ物語の画家の一点では、描かれた範囲より支持体が広かった。

三・五センチの余白がある。

これは、新しい支持体を少し大きめに作ったからだろう。

あるいは、もとの板の縁がそのまま残っているのかもしれない。

記録からは決められない。

移し替えは、いつ行われたか

九点のいずれについても、処置の時期は書かれていない。

これも、前の回までと同じである。

仕立て直しの記録は、残りにくい。

ただし、材料から推測はできる。

硬質繊維板は、十九世紀の終わりから使われた素材である。

だから、硬質繊維板に移された五点は、それ以降の処置である。

布への移し替えは、もっと古くから行われている。

十八世紀の記録もある。

つまり、九点のうち少なくとも五点は、比較的新しい処置である。

もっとも、これは材料からの推測であって、記録に基づくものではない。

館は、そこまで書いていない。

出所の行が、八点まで同じである

九点のうち八点は、出所の行が同じである。

「サミュエル・エイチ・クレス蒐集品」。

前の回にも出てきた蒐集である。

残り一点は「チェスター・デール蒐集品」。

つまり、九点のほとんどが一つの蒐集から来ている。

これは、偶然ではないかもしれない。

移し替えの処置を受けた絵が、一つの蒐集にまとまっている。

考えられるのは、蒐集の方針と、その時代の修復の習慣である。

二十世紀の前半に集められた古い板絵は、その時期に処置を受けたものが多い。

買った側が、状態を整えてから収める。

そういう習慣があったのだろう。

館の記録は、そこまで書いていない。

書かれているのは、蒐集の名だけである。

記録に、失敗は書かれない

技法の欄は、処置が行われたことだけを書く。

うまくいったかどうかは書かない。

そして、処置を受けて失われた絵のことも、当然ながら書かれない。

目録は、残ったものの記録である。

残らなかったものは、載らない。

九点は、いずれも処置を通り抜けた絵である。

通り抜けられなかった絵が、どれだけあったかは分からない。

二度の移し替えが意味すること

マンテーニャの一点は、二度移されている。

板から布へ。布から硬質繊維板へ。

これは、一度目の処置がうまくいかなかった可能性を示している。

布に移したあと、布が緩んだり、たわんだりする。

小さな絵ほど、布は不安定である。

縦二四・二センチ、横一九・一センチ。

この大きさなら、硬い板のほうが向く。

だから、二度目の処置で硬質繊維板に移された。

そう考えるのが自然だが、記録には理由が書かれていない。

そして、二度の処置を受けたということは、二度の危険を通ったということでもある。

それでも絵は残っている。

技法の欄の長い一行は、その経過を圧縮して伝えている。

「硬質繊維板にテンペラ、布から移され、その布は板から移された」。

三つの素材が、一行のなかに並んでいる。

いま見えているのは、三番目の素材の上にある絵である。

大きさによって、選ばれる素材

九点の大きさと、移し先の関係を見てみたい。

布に移された四点は、縦六六・八センチから一八三センチ。

硬質繊維板に移された五点は、縦二四・二センチから七三センチ。

大きいものは布、小さいものは硬質繊維板。

おおよそ、そういう傾向がある。

理由は想像できる。

大きな絵を硬質繊維板に貼るには、大きな板が要る。

重くなり、扱いにくい。

布なら、木枠に張ればよい。

一方、小さな絵を布に張ると、たわみやすい。

硬い板のほうが安定する。

もっとも、九点だけからの傾向である。

例外もあるだろう。

館の記録は、選択の理由を書いていない。

書かれているのは、結果だけである。

そして、その結果を並べると、こういう傾向が浮かんでくる。

数字を並べることの効き目は、こういうところにある。

支持体を替えても、絵は絵である

最後に、単位の話に戻したい。

ここまで見てきた例では、切ったり外したりすることで単位が変わっていた。

三枚続の一枚。祭壇画の断片。屏風の一面。

いずれも、全体から部分が切り出されていた。

移し替えは、それとは違う。

絵の面積は変わらない。

構図も変わらない。

変わるのは、下にあるものだけである。

つまり、単位は変わらない。

一件は、一件のままである。

それでも、館は技法の欄に処置を書く。

なぜかといえば、素材が作品の一部だからである。

板に描かれた絵と、布に貼られた絵では、表面が違う。

木目の代わりに、織り目が透ける。

見え方が、わずかに変わる。

そして、いま見ているものが、描かれたときの状態ではないと分かる。

その一行があるおかげで、私たちは正しく見誤らずに済む。

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