凍った水は、道になる——ファン・デル・ネール・アーフェルカンプほか九点

冬晴れの空の下、裸の木々に囲まれた氷に人が出ている。
空は淡い青で、白い雲が浮かぶ。
黒い外套の人々にまじって、子どもの姿もある。
氷の上の人々は、めいめいの方向を向いて散らばっている。
行き先のない歩みが、これが遊びであることの証しである。
記録の主題の欄には、子ども、男、女、スケートと並ぶ。
語だけ拾えば、それがこの絵のすべてである。
この絵の記録にも、解説の文がない。
だが題には、大事な語が一つある。
《ウィサヒコン川のスケート》。
川の名前が、題に入っているのである。
止まった水を数えた回に、池は四点で鏡になるがある。
凍った川もまた、名指しで描かれる。
どこかの冬ではなく、この川のこの冬である。
川の名が一つあるだけで、絵は地図と地続きになる。
空想の城の氷と、名のある川の氷。
同じ遊びでも、絵の立て方がまるで違う。
氷の上の仕事
遊びの絵の大勢の中には、働く人も混ざっていた。
その一人を取り出して写した紙が残っている。

青い紙に、身をかがめた女が描かれている。
白い頭巾をかぶり、足元の氷の穴に手を伸ばす。
傍らには手桶が置かれ、赤いチョークがわずかな色を差す。
洗濯である。
凍った水路で洗濯をするには、まず氷を割って水に届かなければならない。
穴は、氷の下の水を使うための出入り口である。
館の記録では、アーフェルカンプは冬景色ばかりを描いた画家だった。
凍った水路の上の、あらゆる営みを描いたという。
滑る、語らう、洗う、釣る、荷を運ぶ。
氷の上の営みを、記録はこの五つの動詞で挙げていた。
絵になりやすいのは滑るで、なりにくいのは洗うだろう。
この画家は、なりにくいほうも捨てなかった。
この紙では、女が氷の穴で洗い物をし、そばで子どもが涙をぬぐう。
子どもがなぜ泣いているのかは、記録に書かれていない。
寒さのせいか、別の訳があるのか、紙は答えないままである。
一枚の紙の表と裏に、二つの絵が入っている。
裏には、身なりのよい二人の男が描かれている。
紙が裁ち落とされているため、二人の手ぶりは途中で切れている。
それでも、氷の上の球遊びの最中かもしれないと記録は読む。
こうした紙は工房に置かれ、大きな絵の人物の手本になったとある。
表に働く女、裏に遊ぶ男。
一枚の紙が、氷の上の二つの過ごし方を表裏で抱えている。
そして、穴が一つ開くだけで、氷の見え方は変わる。
面の下に、水がそのまま待っているからである。
人の乗っている場所の薄さを、この小さな穴が思い出させる。
次の一点は、たった一人の氷である。

崩れかけた小屋と、古びた石の橋のある村はずれ。
小屋の壁は破れ、屋根は傾いている。
奥には、村の教会の塔が小さく見える。
凍った水路を、一人の滑り手が橋の下へくぐっていく。
石の橋が画面を横切るさまは、橋を横切る線として数えた回を思い出させる。
だが、この人は橋を渡らない。
橋の下の、凍った水のほうを道にしている。
館の記録では、17世紀のオランダの凍った水路は、町と町を結ぶ道の役をしたという。
氷の上の人々は、遊んでいたばかりではない。
移動していたのである。
冒頭の絵で人影が奥まで続いていたのも、氷が道だったからだと考えられる。
こうした村はずれの景色は、オランダらしい主題として好まれたと記録は書く。
滑り手は小さく、氷の面は紙の色のまま塗り残されている。
季節を教えるのは、葉のない木々と、この一人の足元だけである。
画面中央の木は、黒チョークと灰色の淡彩で、ふるえるように描かれている。
左下には、ペンで署名と1662の年が入る。
紙の裏には、のちの持ち主が鉛筆で画家の名を書き込んでいる。
乗れない氷
ここまでの六点では、人が氷に乗っていた。
乗れない氷もある。

山の絵である。
雪をかぶった峰の下に、緑の谷が開けている。
岩壁のあいだを、細い滝が一筋、白く落ちる。
手前の斜面は緑で、白は峰の高みにだけ残る。
その白は、紙の白をそのまま生かして描かれているように見える。
題は《氷河と滝》。
峰にはりつく氷河は、山に居座ったまま動かないように見える氷である。
滑る人も、渡る人もいない。
同じ画面に、凍った水と落ちる水が同居している。
滝は凍らずに落ち続け、氷河は夏が来ても解け残る。
水のいちばん速い姿と、いちばん遅い姿を、一枚に収めた題である。
スケートの氷は、冬ごとに生まれて春に消える。
山の氷は、夏を越えても白いまま峰に残る。
同じ凍った水でも、付き合う時間の長さが違う。
そして、人がいないので、この氷には大きさの物差しがない。
峰の白がどれほどの厚さなのか、画面からは測れない。
人は氷を氷に見せるだけでなく、氷の大きさを測る物差しでもあった。
この作品の記録は、作者と年と技法と寸法だけの短いものである。
谷の底に小さく見える家々についても、記録は何も語らない。
氷は、手のひらにも乗る。