作品を知る

凍った水は、道になる——ファン・デル・ネール・アーフェルカンプほか九点

蓋付鉢(梅に氷裂文の食器揃より)
二代清風与平《蓋付鉢(梅に氷裂文の食器揃より)》1875年から78年ごろ。館の記録では、型で文様を出した磁器。全体で7.5×11.5センチ。番号は2022.150.25。クリーヴランド美術館蔵。二代清風与平《蓋付鉢(梅に氷裂文の食器揃より)》クリーヴランド美術館蔵

白い磁器の、蓋付きの鉢である。

面には梅の枝が浅い浮き彫りで走り、その下に細い線が交差する。

館の記録では、この線は割れた氷の面を表す文様だという。

凍った水面のひび割れが、器の模様になっているのである。

氷裂の線は、実物の写生というより、型として伝わった文様だと考えられる。

それでも交差する線は、割れた氷の面をよく思い出させる。

梅と氷裂の取り合わせは、この食器揃のどの品にも共通するとある。

食卓で手に取る器の上で、氷は季節のしるしになった。

作ったのは、京都の陶工、二代清風与平。

明治の初めの仕事で、揃いのどの品にも底に金の署名があるという。

館の記録では、与平は染付の仕事でよく知られたが、晩年に作風を広げた。

1873年には、京都府の勧業場の御用を務めたとある。

港を通じて海外の市場をめざす動きの、ただ中にいた人である。

この揃いは、弟子の三代与平の若い仕事かもしれないという見方も記録にある。

納められていた箱の書き付けは、この乳白色を朝鮮風と呼んでいるそうだ。

ウィサヒコン川の油彩と、ほぼ同じ年の仕事である。

1875年前後、氷は大西洋の岸で遊び場になり、京都で文様になっていた。

九点のうち、絵でないものはこの一点である。

そして、氷そのものの形を写しているのも、実はこの一点だけである。

絵の氷は、人を乗せた灰色の面だった。

文様の氷は、割れ目の線である。

割れて初めて、氷は氷の形を持つ。

数えると、そして解けると

ここで、九点を数えておく。

氷の上に人がいる絵は、九点のうち六点あった。

六点のうち五点は、滑る人のいる遊びの氷である。

滑る人のいない氷は、洗濯の一点だけだった。

氷の上の人数も数えておく。

一人だけの氷が一点、親子の二人の氷が一点。

残る四点の氷は、人が多すぎて数え切れない。

氷の絵は、無人と大勢のあいだが少ないらしい。

ただし、これは九点だけの見立てである。

九点のうち四点は、オランダの絵と素描が占めた。

織物の記録も、氷遊びの広まった土地として同じ低地の名を挙げていた。

水路の国では、冬の氷は道であり広場だったのである。

凍った水の絵がオランダに偏るのは、氷の上の暮らしがそこにあったからだ。

そもそも凍らない土地では、氷の絵が生まれない。

偏りの半分は、集め方の偏りでもある。

この九点は、氷の語を手がかりに集めた。

集める途中で、氷の語は妙な客も連れてきた。

アイスクリームを冷やすための、金彩の磁器の器である。

凍らせた菓子もまた、氷の仲間として語に引っかかる。

凍った水面という主題からは外れるので、その器は候補から外した。

語で絵を集めるやり方には、こういう寄り道が付いてまわる。

作りも数えておく。

油彩が四点、紙の素描が二点、水彩が一点、織物が一点、磁器が一点。

凍った水は、絵の具にも、糸にも、土にも渡っていった。

年代は、1535年ごろの図案から1890年代まで。

三百五十年あまり、氷の上は描き続けられてきた。

氷の色も見ておきたい。

油彩の氷は灰色がかり、素描の氷は紙の色のまま塗り残されている。

まっ白に塗られた氷は、九点に一つもない。

白く塗れば、雪になってしまうからだと考えられる。

題に固有の名を持つ水は、ウィサヒコン川の一点だけだった。

凍った水は、名のない舞台として描かれることのほうが多いらしい。

もう一つ、季節のことがある。

氷の絵の多くに、季節の但し書きはいらない。

凍った水が画面にあるだけで、冬が伝わるからである。

ただし氷河の一点だけは別で、緑の谷が夏を思わせた。

一年じゅう凍っている水は、季節のしるしにならないのである。

最後の一点は、氷の終わりの絵である。

積みわら(雪解け、日没)
クロード・モネ《積みわら(雪解け、日没)》1890年から91年。館の記録では、布に油彩。64.4×92.5センチ。番号は1983.166。シカゴ美術館蔵。クロード・モネ《積みわら(雪解け、日没)》シカゴ美術館蔵

雪の野に、藁の山が一つ立っている。

山は逆光に黒ずみ、輪郭だけが赤く縁取られる。

日没の空は橙に染まり、雪の面は紫がかった赤を帯びる。

筆あとは短く重ねられ、雪の面は一色ではない。

地平の丘は、青く沈む。

題は《積みわら(雪解け、日没)》。

凍りついていた野が、ゆるみはじめた時刻である。

この題に、氷の語はない。

雪解けという語が、野の凍っていた時間を後ろ向きに教えている。

モネが同じ積みわらを描き続けたことは、連作を数えた回で扱った。

季節と時刻を変えて繰り返すその連作で、この一枚の受け持ちが雪解けだった。

凍ったものは、必ず解ける。

氷の広場も、氷の道も、季節が変われば水に戻る。

冒頭の川の人出も、春には舟の行き交う水路に戻ったはずである。

氷の絵は、氷の解けない時間だけを切り取ってきた。

解ける日に目を向けたのは、九点でこの一枚だけである。

凍った水は、解けるときにまで絵になった。

降っている雪が一点もないと数えた回が、雪の絵にある。

氷は、白の問題ではなかった。

九点のうち六点で、氷は人を乗せることで氷になった。

人のいない氷は、題の語と文様の線で氷になった。

凍った水の絵は、氷の絵であるより、氷の上の人の絵だった。

氷を描くとは、面を描くことではなく、乗れることを描くことである。

最後に、記録に残らないことを一つ。

どの記録にも、氷の厚さは書かれていない。

何センチあれば人が乗れたのか、絵も記録も教えてくれない。

そして絵の中では、氷は一度も割れない。

割れた氷は、洗濯の穴と、鉢のひび割れ文様だけである。

大勢の重さを黙って支えたまま、九点の氷は止まっている。

次に冬の絵の前に立ったら、人の足元を見てほしい。

そこが水だと気づいたとき、絵は少し冷たくなる。

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