美術史・技法

形の名前は、用途の名前——古代ギリシャの壺

問い——名前は、何を意味するのか

ヒュドリア、ペリケ、クラテル、キュリクス。

ギリシャの壺には、カタカナの名前が並ぶ。呪文のようで、覚えにくい。

だが、これらは様式の名でも、流派の名でもない。

形の名前であり、そのまま用途の名前である。

だから名前を一つ覚えるたびに、古代の暮らしが一つ読めるようになる。

その最良の教材が、宴会の器である。

古代ギリシャには、シュンポシオンと呼ばれる宴会があった。男たちが寝椅子に横たわり、酒を酌み交わす集まりである。

シュンポシオンとは、もともと「ともに飲む」ことを意味する言葉である。

家の一室に寝椅子を並べ、壁に沿って客が横たわる。

酒を飲みながら、詩を歌い、議論をし、遊びに興じたと伝えられる。

哲学者たちの対話篇の舞台にもなった、古代ギリシャの社交の中心である。

この宴会には、専用の器が一式そろっていた。

混ぜる器、注ぐ器、飲む器。役割ごとに形があり、形ごとに名前がある。

順に見ていく。

まず、混ぜる

柱状把手のクラテル(混酒器)
《柱状把手のクラテル(混酒器)》紀元前460年ごろ。テラコッタ、赤像式。高さ46.5センチ、幅45.6センチ。シカゴ美術館蔵。古代ギリシア《柱状把手のクラテル(混酒器)》シカゴ美術館蔵

宴会の中心は、この大きな鉢である。口が大きく開き、高さも幅も45センチを超える。

クラテルという名は、「混ぜる」を意味する語に由来すると考えられる。

当時、ワインを原液のまま飲むことは野蛮とされたと伝えられる。水で割って飲むのが作法だった。

割るのは、長い夜を語り明かすためでもあっただろう。強い酒では、議論がもたない。

クラテルは、そのワインと水を混ぜ合わせるための鉢である。宴席の中央に据えられたと考えられている。

どの濃さに割るかを決めるのは、宴の進行を仕切る役目だったと伝えられる。

大きく開いた口は、混ぜるための口である。柄杓を入れ、汲み出すための口でもある。

部屋の中央のクラテルから、酒が席のすみずみへ配られていく。

この鉢は、宴会という場の心臓部にあたる。

太い柱のような把手が付くこの型は、柱状把手のクラテルと呼ばれる。

胴には戦士の場面が描かれている。

所蔵館の記録によれば、初期マニエリスト・グループと呼ばれる一派の一員に帰属される。

大きな胴は、それ自体が広い画面でもあった。据え置きの大鉢は、席のだれからも見える。

宴席の話の種として、これほどよい場所はない。

次に、注ぐ

オイノコエ(注ぎ瓶)
《オイノコエ(注ぎ瓶)》紀元前4世紀末。テラコッタ、赤像式。高さ37.4センチ、幅13.9センチ。シカゴ美術館蔵。古代ギリシア《オイノコエ(注ぎ瓶)》シカゴ美術館蔵

混ぜた酒は、汲んで杯へ注ぐ。そのための瓶がオイノコエである。

名前は「ワインを注ぐもの」を意味する。

細い首と、高く伸びた注ぎ口。片手で扱える細身の胴。

大鉢のクラテルとは対照的な、注ぐことに特化した形である。

首が細ければ、酒の流れは細く絞られる。注ぎ口が高ければ、杯を狙いやすい。

寝椅子のあいだを回り、横たわる客の杯へ酒を落とす。その動きのための設計である。

器面には花枝と女性の像が描かれている。

高さ37.4センチに対して、幅は13.9センチ。数字だけでも、すらりとした立ち姿が伝わる。

この一本は紀元前4世紀末の作で、ギリシャ本土ではなくイタリア半島で焼かれた。

その事情には、のちの節で戻ることにする。

赤像式——図と地が、裏返る

クラテルもオイノコエも、人物が赤く、背景が黒い。

一ページ目の黒像式とは、色の関係が逆である。

紀元前530年ごろ、アテナイで新しい技法が生まれたと伝えられる。赤像式である。

使う材料は、黒像式と同じである。変わったのは、どちらを塗り残すかだけだった。

人物を素地の赤いまま残し、まわりの背景を黒く塗りつぶす。図と地の反転である。

利点は、線にあった。

黒像式では、細部を硬い道具で掻き落とすしかなかった。赤像式では、筆で描ける。

筆の線は、太くも細くもなる。体のひねり、衣の襞、指の一本一本。

人体の表現は、この転換で格段に柔軟になった。

クラテルの戦士たちのしなやかな輪郭は、筆の技法が可能にしたものである。

とはいえ、切り替えは一夜には起きていない。

しばらくのあいだ、二つの技法は並び立った。一ページ目のヒュドリアとペリケは、まさにその転換期の黒像式である。

新技法の発明から数十年のちにも、旧来の技法で描き続けた工房があったことになる。

道具の世界の技術革新も、一様には進まない。壺は、その速度の違いまで記録している。

杯は、酒宴の顔である

注がれた酒は、めいめいの杯で飲む。杯にも、いくつもの形と名前がある。

杯は宴会の道具の中で、いちばん手に触れる時間が長い。

掲げ、回し、ときに杯の底の酒を飛ばす遊びに興じたとも伝えられる。

だからこそ杯は、形も装飾も、もっとも多彩に展開した。

カンタロス(酒杯)
《カンタロス(酒杯)》紀元前310〜前280年ごろ。テラコッタ、金箔の痕跡。高さ20.6センチ、幅19.6センチ。シカゴ美術館蔵。古代ギリシア《カンタロス(酒杯)》シカゴ美術館蔵

カンタロスは、二つの把手が高く跳ね上がる杯である。

酒の神ディオニュソスが手にする杯として、絵に描かれることの多い形と伝えられる。

この一点は白っぽい器面に、縦の襞のような装飾が走る。ところどころに金の痕跡が残る。

布の襞のような器面と金の輝きは、金属の杯を思わせる仕上げである。

所蔵館の記録によれば、「アフロディテのもの」と読める銘があるという。

愛の女神の名を記した杯である。神への奉納と関わる器だろう。

日々の酒器と同じ形が、神へ捧げる特別あつらえにもなる。

形の言葉は、暮らしと信仰の両方で通じたのである。

杯の形は、ほかにもある。深いスキュフォス、浅いキュリクス。

それらは、次のページで見る。