形の名前は、用途の名前——古代ギリシャの壺
問い——名前は、何を意味するのか
ヒュドリア、ペリケ、クラテル、キュリクス。
ギリシャの壺には、カタカナの名前が並ぶ。呪文のようで、覚えにくい。
だが、これらは様式の名でも、流派の名でもない。
形の名前であり、そのまま用途の名前である。
だから名前を一つ覚えるたびに、古代の暮らしが一つ読めるようになる。
その最良の教材が、宴会の器である。
古代ギリシャには、シュンポシオンと呼ばれる宴会があった。男たちが寝椅子に横たわり、酒を酌み交わす集まりである。
シュンポシオンとは、もともと「ともに飲む」ことを意味する言葉である。
家の一室に寝椅子を並べ、壁に沿って客が横たわる。
酒を飲みながら、詩を歌い、議論をし、遊びに興じたと伝えられる。
哲学者たちの対話篇の舞台にもなった、古代ギリシャの社交の中心である。
この宴会には、専用の器が一式そろっていた。
混ぜる器、注ぐ器、飲む器。役割ごとに形があり、形ごとに名前がある。
順に見ていく。
まず、混ぜる

宴会の中心は、この大きな鉢である。口が大きく開き、高さも幅も45センチを超える。
クラテルという名は、「混ぜる」を意味する語に由来すると考えられる。
当時、ワインを原液のまま飲むことは野蛮とされたと伝えられる。水で割って飲むのが作法だった。
割るのは、長い夜を語り明かすためでもあっただろう。強い酒では、議論がもたない。
クラテルは、そのワインと水を混ぜ合わせるための鉢である。宴席の中央に据えられたと考えられている。
どの濃さに割るかを決めるのは、宴の進行を仕切る役目だったと伝えられる。
大きく開いた口は、混ぜるための口である。柄杓を入れ、汲み出すための口でもある。
部屋の中央のクラテルから、酒が席のすみずみへ配られていく。
この鉢は、宴会という場の心臓部にあたる。
太い柱のような把手が付くこの型は、柱状把手のクラテルと呼ばれる。
胴には戦士の場面が描かれている。
所蔵館の記録によれば、初期マニエリスト・グループと呼ばれる一派の一員に帰属される。
大きな胴は、それ自体が広い画面でもあった。据え置きの大鉢は、席のだれからも見える。
宴席の話の種として、これほどよい場所はない。
次に、注ぐ

混ぜた酒は、汲んで杯へ注ぐ。そのための瓶がオイノコエである。
名前は「ワインを注ぐもの」を意味する。
細い首と、高く伸びた注ぎ口。片手で扱える細身の胴。
大鉢のクラテルとは対照的な、注ぐことに特化した形である。
首が細ければ、酒の流れは細く絞られる。注ぎ口が高ければ、杯を狙いやすい。
寝椅子のあいだを回り、横たわる客の杯へ酒を落とす。その動きのための設計である。
器面には花枝と女性の像が描かれている。
高さ37.4センチに対して、幅は13.9センチ。数字だけでも、すらりとした立ち姿が伝わる。
この一本は紀元前4世紀末の作で、ギリシャ本土ではなくイタリア半島で焼かれた。
その事情には、のちの節で戻ることにする。
赤像式——図と地が、裏返る
クラテルもオイノコエも、人物が赤く、背景が黒い。
一ページ目の黒像式とは、色の関係が逆である。
紀元前530年ごろ、アテナイで新しい技法が生まれたと伝えられる。赤像式である。
使う材料は、黒像式と同じである。変わったのは、どちらを塗り残すかだけだった。
人物を素地の赤いまま残し、まわりの背景を黒く塗りつぶす。図と地の反転である。
利点は、線にあった。
黒像式では、細部を硬い道具で掻き落とすしかなかった。赤像式では、筆で描ける。
筆の線は、太くも細くもなる。体のひねり、衣の襞、指の一本一本。
人体の表現は、この転換で格段に柔軟になった。
クラテルの戦士たちのしなやかな輪郭は、筆の技法が可能にしたものである。
とはいえ、切り替えは一夜には起きていない。
しばらくのあいだ、二つの技法は並び立った。一ページ目のヒュドリアとペリケは、まさにその転換期の黒像式である。
新技法の発明から数十年のちにも、旧来の技法で描き続けた工房があったことになる。
道具の世界の技術革新も、一様には進まない。壺は、その速度の違いまで記録している。
杯は、酒宴の顔である
注がれた酒は、めいめいの杯で飲む。杯にも、いくつもの形と名前がある。
杯は宴会の道具の中で、いちばん手に触れる時間が長い。
掲げ、回し、ときに杯の底の酒を飛ばす遊びに興じたとも伝えられる。
だからこそ杯は、形も装飾も、もっとも多彩に展開した。

カンタロスは、二つの把手が高く跳ね上がる杯である。
酒の神ディオニュソスが手にする杯として、絵に描かれることの多い形と伝えられる。
この一点は白っぽい器面に、縦の襞のような装飾が走る。ところどころに金の痕跡が残る。
布の襞のような器面と金の輝きは、金属の杯を思わせる仕上げである。
所蔵館の記録によれば、「アフロディテのもの」と読める銘があるという。
愛の女神の名を記した杯である。神への奉納と関わる器だろう。
日々の酒器と同じ形が、神へ捧げる特別あつらえにもなる。
形の言葉は、暮らしと信仰の両方で通じたのである。
杯の形は、ほかにもある。深いスキュフォス、浅いキュリクス。
それらは、次のページで見る。