形の名前は、用途の名前——古代ギリシャの壺
絵のない黒も、焼かれていた

スキュフォスは、深い椀形の杯である。左右に水平の把手が付き、両手で包むように持てる。
この一点には、人物の絵がない。全体が黒い釉(うわぐすり)の光沢で覆われている。黒釉の器と呼ばれる。
装飾は、型で押した文様だけである。
黒像式や赤像式の壺を生んだ同じ窯場から、こうした無文の黒い器も大量に生まれた。
絵のある壺が晴れの器なら、これは日々の器である。
金属の器を思わせる深い艶が、それでも食卓を飾ったと考えられる。
高さ9.2センチ、幅22.5センチ。手の中に納まる、ふだん使いの寸法である。
絵の有無は、器の格の違いであって、形の言葉の違いではない。
スキュフォスという名前は、絵があってもなくてもスキュフォスである。
飲み干すと、底に現れる

キュリクスは、浅く広い杯である。宴会を代表する形と伝えられる。
この一点は脚のない型で、高さはわずか6.5センチ。幅は31.4センチに及ぶ。
画像は、真上から写されている。内側の底に、スタンプで押した花形の文様が見える。
酒を満たせば、文様は沈んで見えない。飲み干した者だけが、底の花に出会う。
絵入りのキュリクスでは、この底の円い画面に場面が描かれることも多いと伝えられる。
杯の底は、飲み手だけの小さな劇場だった。この黒釉の一点では、花の文様がその役を務める。
浅く広い杯は、寝椅子に横たわったまま傾けるのに向くと考えられている。
形は、飲む姿勢まで語るのである。
蓋のある器は、家の中へ
宴会の器ばかりではない。

レカニスは、つまみ付きの蓋を持つ平たい器である。
この一点は黒釉の肌に、橙色の帯文様がめぐる。幅は48センチを超える。
蓋があるということは、中身を守るということである。食べ物や小物を納めたと考えられている。
婚礼の贈り物として用いられた例もあると伝えられる。
つまみを持って蓋を開ける。その仕草まで、形が教えてくれる。
円筒の小箱に、女性たちが立つ

ピュクシスは、円筒形の小箱である。高さ13.3センチ、径10.5センチ。手のひらに載る。
化粧の道具や装身具を納めた器と考えられている。
白粉や香油、櫛や鏡とともに、女性の身支度の場にあった器だろう。
胴には赤像式で、立つ女性たちの姿が描かれている。器の用途と、絵の主題が響き合う。
宴会の器が男たちの場面をまとうように、化粧の器は女性たちの姿をまとう。
絵は、その器が置かれる場所を映す鏡でもある。
水汲み、宴会、化粧。
壺の形をたどるだけで、古代の一日が家の中まで見えてくる。
海を渡って、窯が増える
九点の記録を並べると、もう一つの動きが見えてくる。
絵のある壺の多くは、アテナイの工房の作とされる。
一方、黒釉の杯二点の記録には、産地の欄にイタリア半島の地名カレスが見える。
アテナイ様式の黒い器が、半島で使われ、あるいは作られていたことを示す記載である。
そして、いちばん新しい二点は、はっきりと半島の産である。
オイノコエは、所蔵館の記録によれば南イタリアのアプリア地方の作である。マッティナータの画家と呼ばれる絵師に帰属されている。
カンタロスも同じ半島の作で、記録はカノーザで作られたらしいと記す。タラントで見つかったと伝えられる。
作られた土地と、見つかった土地が違う。器が人とともに動いた証しである。
ギリシャ人は、地中海の各地に植民都市を築いた。
アテナイの壺は、早くから海を渡る輸出品でもあったと伝えられる。
やがて壺の生産そのものが、本土からイタリア半島の窯へと広がっていった。
金の痕跡をとどめる、あの華やかなカンタロスはその一例である。
こうした来歴は、すべて所蔵館の記録が伝えるものである。
シカゴ美術館の記録には、寄贈者の名も残る。九点の多くに、同じ二人の寄贈者の名が記されている。
一点ごとに番号が振られ、出土地や帰属の情報がつながれている。
詳しくは所蔵番号の読み方に書いた。
二千年以上前の焼き物の身元を、こうした記録の積み重ねが保証している。
見立て——古代の食器棚を、覗く
ここまで来ると、見え方が変わるはずである。
美術館のガラスケースに並ぶギリシャの壺は、名画の額縁の列ではない。
古代の食器棚である。
壺の絵は、「美術」である前に食器の装飾だった。形が用途を語り、絵が席の話題を提供した。
クラテルの戦士は、酒席の英雄談のためにいた。キュリクスの底の花は、飲み干した者への褒美だった。
美術として鑑賞される前に、器として使われていた。
その順序を思い出すと、壺は急に生き生きとする。
現代の食卓に置き換えてみればよい。
湯呑み、急須、徳利、猪口。当サイトの読者にも、形と用途が対で浮かぶはずである。
古代ギリシャの人々にとって、キュリクスやオイノコエはそれと同じ言葉だった。
二千五百年の距離はあっても、食器棚の文法は変わらない。
引き取り——まず、把手を数える
次にギリシャの壺に出会ったら、まず把手を数えてほしい。
横に二つなら、運ぶか、飲むか。縦を加えて三つなら、水汲み。高く跳ね上がっていれば、酒の杯。
注ぎ口と把手の釣り合いという問題は、二千年後のティーポットにも生きている。
その話は注ぐ器の設計で見た通りである。
把手の数と向き、ふくらみの位置、口の開き。読みどころは、絵の外にもある。
形の名前は、用途の名前である。
その一点さえ覚えれば、呪文のようなカタカナの列は、古代の暮らしの目次に変わる。
ガラスケースの向こうにあるのは、二千五百年前の水汲みと宴会と身支度である。







