美術史・技法

形の名前は、用途の名前——古代ギリシャの壺

絵のない黒も、焼かれていた

スキュフォス(酒杯)
《スキュフォス(酒杯)》紀元前410〜前400年ごろ。テラコッタ、黒釉、型押し装飾。高さ9.2センチ、幅22.5センチ。シカゴ美術館蔵。古代ギリシア《スキュフォス(酒杯)》シカゴ美術館蔵

スキュフォスは、深い椀形の杯である。左右に水平の把手が付き、両手で包むように持てる。

この一点には、人物の絵がない。全体が黒い釉(うわぐすり)の光沢で覆われている。黒釉の器と呼ばれる。

装飾は、型で押した文様だけである。

黒像式や赤像式の壺を生んだ同じ窯場から、こうした無文の黒い器も大量に生まれた。

絵のある壺が晴れの器なら、これは日々の器である。

金属の器を思わせる深い艶が、それでも食卓を飾ったと考えられる。

高さ9.2センチ、幅22.5センチ。手の中に納まる、ふだん使いの寸法である。

絵の有無は、器の格の違いであって、形の言葉の違いではない。

スキュフォスという名前は、絵があってもなくてもスキュフォスである。

飲み干すと、底に現れる

脚なしのキュリクス(酒杯)
《脚なしのキュリクス(酒杯)》紀元前460〜前450年ごろ。テラコッタ、黒釉。高さ6.5センチ、幅31.4センチ。シカゴ美術館蔵。古代ギリシア《脚なしのキュリクス(酒杯)》シカゴ美術館蔵

キュリクスは、浅く広い杯である。宴会を代表する形と伝えられる。

この一点は脚のない型で、高さはわずか6.5センチ。幅は31.4センチに及ぶ。

画像は、真上から写されている。内側の底に、スタンプで押した花形の文様が見える。

酒を満たせば、文様は沈んで見えない。飲み干した者だけが、底の花に出会う。

絵入りのキュリクスでは、この底の円い画面に場面が描かれることも多いと伝えられる。

杯の底は、飲み手だけの小さな劇場だった。この黒釉の一点では、花の文様がその役を務める。

浅く広い杯は、寝椅子に横たわったまま傾けるのに向くと考えられている。

形は、飲む姿勢まで語るのである。

蓋のある器は、家の中へ

宴会の器ばかりではない。

レカニス(蓋付きの器)
《レカニス(蓋付きの器)》紀元前450〜前430年ごろ。テラコッタ、黒釉。高さ22.2センチ、幅48.3センチ。シカゴ美術館蔵。古代ギリシア《レカニス(蓋付きの器)》シカゴ美術館蔵

レカニスは、つまみ付きの蓋を持つ平たい器である。

この一点は黒釉の肌に、橙色の帯文様がめぐる。幅は48センチを超える。

蓋があるということは、中身を守るということである。食べ物や小物を納めたと考えられている。

婚礼の贈り物として用いられた例もあると伝えられる。

つまみを持って蓋を開ける。その仕草まで、形が教えてくれる。

円筒の小箱に、女性たちが立つ

ピュクシス(化粧道具入れ)
《ピュクシス(化粧道具入れ)》紀元前430〜前420年ごろ。テラコッタ、赤像式。高さ13.3センチ、径10.5センチ。シカゴ美術館蔵。古代ギリシア《ピュクシス(化粧道具入れ)》シカゴ美術館蔵

ピュクシスは、円筒形の小箱である。高さ13.3センチ、径10.5センチ。手のひらに載る。

化粧の道具や装身具を納めた器と考えられている。

白粉や香油、櫛や鏡とともに、女性の身支度の場にあった器だろう。

胴には赤像式で、立つ女性たちの姿が描かれている。器の用途と、絵の主題が響き合う。

宴会の器が男たちの場面をまとうように、化粧の器は女性たちの姿をまとう。

絵は、その器が置かれる場所を映す鏡でもある。

水汲み、宴会、化粧。

壺の形をたどるだけで、古代の一日が家の中まで見えてくる。

海を渡って、窯が増える

九点の記録を並べると、もう一つの動きが見えてくる。

絵のある壺の多くは、アテナイの工房の作とされる。

一方、黒釉の杯二点の記録には、産地の欄にイタリア半島の地名カレスが見える。

アテナイ様式の黒い器が、半島で使われ、あるいは作られていたことを示す記載である。

そして、いちばん新しい二点は、はっきりと半島の産である。

オイノコエは、所蔵館の記録によれば南イタリアのアプリア地方の作である。マッティナータの画家と呼ばれる絵師に帰属されている。

カンタロスも同じ半島の作で、記録はカノーザで作られたらしいと記す。タラントで見つかったと伝えられる。

作られた土地と、見つかった土地が違う。器が人とともに動いた証しである。

ギリシャ人は、地中海の各地に植民都市を築いた。

アテナイの壺は、早くから海を渡る輸出品でもあったと伝えられる。

やがて壺の生産そのものが、本土からイタリア半島の窯へと広がっていった。

金の痕跡をとどめる、あの華やかなカンタロスはその一例である。

こうした来歴は、すべて所蔵館の記録が伝えるものである。

シカゴ美術館の記録には、寄贈者の名も残る。九点の多くに、同じ二人の寄贈者の名が記されている。

一点ごとに番号が振られ、出土地や帰属の情報がつながれている。

詳しくは所蔵番号の読み方に書いた。

二千年以上前の焼き物の身元を、こうした記録の積み重ねが保証している。

見立て——古代の食器棚を、覗く

ここまで来ると、見え方が変わるはずである。

美術館のガラスケースに並ぶギリシャの壺は、名画の額縁の列ではない。

古代の食器棚である。

壺の絵は、「美術」である前に食器の装飾だった。形が用途を語り、絵が席の話題を提供した。

クラテルの戦士は、酒席の英雄談のためにいた。キュリクスの底の花は、飲み干した者への褒美だった。

美術として鑑賞される前に、器として使われていた。

その順序を思い出すと、壺は急に生き生きとする。

現代の食卓に置き換えてみればよい。

湯呑み、急須、徳利、猪口。当サイトの読者にも、形と用途が対で浮かぶはずである。

古代ギリシャの人々にとって、キュリクスやオイノコエはそれと同じ言葉だった。

二千五百年の距離はあっても、食器棚の文法は変わらない。

引き取り——まず、把手を数える

次にギリシャの壺に出会ったら、まず把手を数えてほしい。

横に二つなら、運ぶか、飲むか。縦を加えて三つなら、水汲み。高く跳ね上がっていれば、酒の杯。

注ぎ口と把手の釣り合いという問題は、二千年後のティーポットにも生きている。

その話は注ぐ器の設計で見た通りである。

把手の数と向き、ふくらみの位置、口の開き。読みどころは、絵の外にもある。

形の名前は、用途の名前である。

その一点さえ覚えれば、呪文のようなカタカナの列は、古代の暮らしの目次に変わる。

ガラスケースの向こうにあるのは、二千五百年前の水汲みと宴会と身支度である。

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