筆あとを、消さない——フランス・ハルスの肖像
初期は、細部が密である
まず1610年代の作品を見たい。

大勢が画面に押し込まれている。
中央に、白いレース襟の若い女性が座っている。
その左に赤い顔の男。右に赤い帽子の男。奥にも顔が四つ五つ覗く。
手前の卓には器と食べ物が並ぶ。腸詰、パン、皿。
女性の胸元には金の飾りが幾重にも下がる。
ここで注目したいのは、レース襟の描き方である。
編み目が一つずつ描かれている。花模様も追える。
先に見た1643年の襟とは、まったく描き方が違う。
初期には、細部を積み上げる仕事をしていたことになる。
主題も見ておきたい。
謝肉祭は、四旬節の前に行われた祝祭である。
食べ、飲み、騒ぐことが許された期間で、風刺の主題としてよく描かれた。
腸詰や卵は、断食の前に食べ尽くす物である。
つまり画面の食べ物は、季節を示す記号として置かれている。
笑う顔と乱れた配置も、祝祭の無秩序を表している。
若い女性の視線だけが正面へ向き、見る側を引き込んでいる。

こちらは1623年の作である。
男が右手にグラスを高く掲げ、口を開けて笑っている。
灰色の外套に、青緑の袖。大きな縁の帽子に羽根飾りが揺れる。
その肩に女性が寄り、こちらを見て笑っている。
足元に犬が一匹。奥の暗がりに、もう一人の顔が浮かぶ。
笑っている顔を描いた絵は、この時代には少ない。
肖像画では、笑うことは品位を欠くと考えられていた。
つまりこれは注文の肖像ではなく、風俗の主題である。
そして、この主題では速い筆が許される。
外套の灰色は、大きな筆で一気に置かれている。
楕円の枠を、絵の中に描く
肖像に戻りたい。

長方形の画布である。しかし人物は楕円の中に収まっている。
四隅は暗く塗られ、楕円の縁が石の枠のように描かれている。
つまり額の効果を、絵の中に描き込んでいる。
人物は黒い衣で、首に白い襞襟を巻いている。
襞は放射状に広がり、光が上面だけに当たっている。
右手を胸に当て、指の関節が丸く光る。
顔は正面を向き、目尻に皺が寄っている。
襞襟の描き方を見ると、白と灰の帯を交互に並べているだけである。
一枚ずつの襞を追わず、明暗の反復で襞に見せている。
楕円の枠を描く手法にも意味がある。
当時の肖像は、楕円の額に入れることが流行していた。
しかし楕円の額は高価である。
そこで、長方形の画布に楕円を描いて代用する。
額の効果を絵具で作るという発想である。
額と絵の関係については別のコラムで扱った。
絵の中に額を描く例は、この時代のオランダに多い。

こちらは小さな板絵である。縦22.2センチ、横16.5センチ。
赤褐色の地に、楕円の枠が描かれている。
その中に、禿頭の男が半身で収まる。
白い襞襟、黒い衣、腕を組む手。顔は右を向いている。
枠の中に文字が入っている。名前と年記である。

同じ寸法の対である。縦横ともに一致している。
白い頭巾と、車輪のように張った白い襞襟。
黒い衣に金の刺繍が見える。右手を胸に当てている。
顔は左を向き、先の男性像と向かい合う形になる。
夫婦の肖像を対で作る形式である。
小さいのは、持ち運びや個人の部屋のためだろう。
年齢が、書き込まれている

椅子に座った女性である。
白い頭巾と、幅の広い白襞襟。黒い衣に細かい刺繍。
右手に小さな本を持ち、左手を椅子の腕に置いている。
背景は明るい褐色で、上へ向かって少し明るくなる。
画面の左に文字が入っている。
所蔵館の記録によれば「本人の年齢60、1633年」と読める。
肖像に年齢と年記を書き込むのは、当時の慣行である。
つまり肖像は記録の文書に近い性格も持っていた。
数字が、書き換えられている
年齢の銘には、面白い例がある。

若い男性が、椅子の背に腕をかけている。
黒い山高帽を斜めにかぶり、長い髪が肩に落ちる。
黒い上衣に金の刺繍。白い襟と、大きな白い袖口。
顔は上を向き、口元に笑みがある。
画面の右に、紋章と文字が描かれている。
所蔵館の記録は、その銘をこう書き留めている。
年齢を示す数字の二桁目が、2から6に書き換えられている。
つまり「22歳」だった記載が「26歳」に直されている。
書き換えたのが誰か、いつかは記録されていない。
しかし、この一行は肖像の性格を教えてくれる。
年齢は絵の一部であり、必要なら訂正される情報だった。
紋章についても、記録は内容を書いている。
金地に黒い牛の頭が三つ。家の印である。
顔と名前と年齢と家紋。肖像は身分の証明書でもあった。
書き換えの理由は想像するしかない。
年齢を若く見せたかったのか、記載の誤りを直したのか。
いずれにせよ、絵に手を入れることが可能だったという事実は重い。
作品は完成した時点で固定されるわけではない。
所蔵館が銘の書き換えを記録に残しているのは、この可変性を示すためである。
顔が記号として複製される話は別のコラムで扱った。
肖像は個人の記録でありながら、記録として編集されることがある。