作品を知る

縦が、横の六倍ある——鈴木春信の柱絵

縁側にて
鈴木春信《縁側にて》1769年か1770年。木版、紙に墨と色。館の記録では、縦26.7センチ、横14.3センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。鈴木春信《縁側にて》メトロポリタン美術館蔵

縦長だが、柱絵ほど細くはない。

画面の右に、女性が立つ。上体を前へ倒す。

手には、細長い棒のようなものを持つ。

その手前の床に、浅い盥が置かれる。水が入る。

左には、子どもらしい小さな人物がいる。両手を上げる。

背後には、赤い縦縞の壁と、緑の障子がある。

上部には、竹の葉が描かれる。細い葉が並ぶ。

床には、格子の模様が敷かれる。

この画像の左端にも、灰色の帯が写り込む。

水を使う場面

いま見た一点には、水の入った盥が置かれている。

洗うか、冷やすか、何かの支度をしている場面である。

柱絵には、こうした床置きの道具は入りにくい。手前の床が描けないからである。

床が描けると、生活の場面が作れる。人物が何かをしている絵になる。

九点の柱絵は、いずれも人物が立っているだけである。作業の場面はない。

同じ縁側が、二度出る

九点のうち二点は、縁側の場面である。

どちらも、屋内と屋外の境目に人物を置く。

縁側は、絵にとって都合のよい場所である。室内の造作と、外の植物が同時に入る。

しかも、床の線が水平に走るので、画面を分けやすい。

判型が違っても、同じ場所が選ばれている。

清水寺
鈴木春信《清水寺》1765年ごろ。木版、紙に墨と色。紅摺絵、細判。館の記録では、縦31.1センチ、横14センチとされる。メトロポリタン美術館蔵。鈴木春信《清水寺》メトロポリタン美術館蔵

九点の最後は、色数の少ない一点である。

技法の欄に、紅摺絵、という語が入る。限られた色数で摺る方式である。

画面の中央に、三人が立つ。傘のようなものを差しかける。

衣は黄と白で、細かい模様が入る。

左には、もう一人が立つ。上を見上げる。

上部には、桜の枝が広がる。花は白く、点で示される。

右上には、文字の入った枠がある。中に小さな絵も見える。

背景の色はほとんどない。紙の地が広く残る。

九点のうち、技法の欄に判型と方式が明記されるのはこの一点だけである。

桜という時期の印

いま見た一点には、桜の枝が広がる。

桜が出れば、春の場面だと分かる。季節を一目で示せる。

九点のうち、季節が読み取れるのは三点である。桜、青葉、そして月である。

残る六点には、季節の手がかりがない。背景がないからである。

柱絵に季節が入りにくいのは、背景を描く余地がないためである。

記録の詳しさが揃わない

九点の技法の欄を並べると、八点は同じ文である。

木版、紙に墨と色。それだけである。

一点だけ、そのあとに方式と判型の語が続く。

同じ館の同じ絵師の作でも、記述の詳しさが違う。

調べた人が違うのか、時期が違うのか。理由は書かれていない。

立ち姿ばかり

九点の柱絵に描かれた人物は、いずれも立っている。

座る姿は一つもない。寝る姿も、走る姿もない。

座れば、体は横に広がる。細い紙には入らない。

立ち姿だけが残るのは、紙の形が選んだ結果である。

人物の性格ではなく、判型が姿勢を決めている。

判型が題に入らない

柱絵の五点の題には、判型の語が入らない。

館の題は、描かれているものだけを書く。垣根の前の若い男、梯子を登る若い女。

つまり、題を読んでも細長い紙だとは分からない。

分かるのは、寸法の欄を見たときである。

数字を読まないと、この九点の面白さは見えてこない。

色の数

九点の色を見比べると、幅がある。

紅摺絵の一点は、色が三つか四つしかない。赤、黄、緑である。

ほかの八点は、色数が多い。青、紫、褐色も入る。

色数が増えたのは、多色摺りの技術が広まったからである。

九点の年代は、その移り変わりの時期にちょうど重なっている。

摺りの手間

色を増やせば、版木の数が増える。

一色につき一枚、版木を彫る。摺る回数も増える。

紙をずらさずに何度も摺るには、目印が要る。手間も上がる。

柱絵は小さいので、色数を増やしても紙の消費は少ない。

安い装飾として広まったのは、その事情もあるかもしれない。

保存が難しい形

細長い紙は、傷みやすい。

上下が長いので、垂らせば自重で伸びる。丸めれば折れやすい。

柱に掛ければ、日に当たり、埃をかぶる。

そのため、柱絵は残りにくいと言われる。作られた数に比べて、現存は少ない。

九点の五点がまとまって残っているのは、蒐集の結果である。

五点の状態

九点の画像を見ると、紙の状態に差がある。

柱絵の五点は、上下に折れの跡らしい線が見えるものがある。

縁が不揃いなものもある。裁ち直された可能性がある。

もっとも、館の記録には保存状態の記述がない。

ここで書けるのは、画像から見える範囲だけである。

二つの判型を並べる

この記事では、細長い五点と、そうでない四点を並べた。

同じ絵師、同じ時期、同じ技法である。違うのは紙の形だけである。

条件をそろえて一つだけ変えると、その一つの働きがよく見える。

九点を選ぶときも、その考え方で組んだ。

比べるための組み合わせは、記録の数字から作れる。

判型という制約

九点をまとめて見ると、判型が絵を決めていることがよく分かる。

細ければ立ち姿、広ければ場面。使える道具も変わる。

絵師は、その制約の中で工夫する。上下に分け、小さな絵を挟み、縦に長い物を選ぶ。

制約は不自由であると同時に、発想の出発点でもある。

色数を抑える工夫については、白は、塗らずに作る——鈴木春信と錦絵の誕生でも書いた。

年が、幅で書かれる

九点の年の欄を見ると、七点に、およそ、が付く。

一点は、1769年か1770年、と二つの年を並べる。

一点は、1766年から1770年ごろ、と幅で書かれる。

一年で確定しているものは一つもない。

版画には年が摺られない。年は、着物の柄や役者の名から推定される。

数字から入る

この記事は、寸法の欄の数字から始めた。

縦が横の六倍、という一行が、九点をまとめる手がかりになった。

題からも、画像の一覧からも、その特徴は見えにくい。

記録の数字は、地味だが強い。並べれば、形の話ができる。

九点は、そのことを示す例として選んだ。

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