画家を知る

肖像画家が、山で写生する——ダニエル・ハンティントン

濃淡を、ほとんど使わない

八点の素描には、共通する特徴がある。

濃淡がほとんどない。

線の太さも、ほぼ一定である。

つまり、影を描いていない。

輪郭と、構造の線だけである。

これは、鉛筆の素描としては簡素な部類に入る。

木炭や淡彩を加えれば、明暗も記録できる。

しかし、それには時間がかかる。

現地では、形だけを取る。

明暗は、記憶に任せる

では、明暗はどう記録するのか。

一つは、書き込みである。

日付や天気を書いておけば、光の条件が思い出せる。

もう一つは、記憶である。

現地で見た印象を、頭に残す。

十九世紀の画家は、この訓練を受けていた。

写真がまだ普及していない時代である。

見て、覚えて、後で再現する。

素描は、その記憶を呼び戻す鍵である。

岩に立つ人

八点目には、人が描かれている。

バランス・ロック、パイン・ヒル、ウォルトン、1871年
ダニエル・ハンティントン《バランス・ロック、パイン・ヒル、ウォルトン、1871年》1870年ごろ。紙に鉛筆。縦14センチ、横22.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ダニエル・ハンティントン《バランス・ロック、パイン・ヒル、ウォルトン、1871年》メトロポリタン美術館蔵

見開きの一枚である。

左の頁に、大きな岩が描かれる。

岩は積み重なり、上へ伸びる。

その頂に、小さな人影が立つ。

腕を上げているように見える。

右の頁には、細い木が数本立つ。

その根元に、岩と草がある。

下部には、文字と日付がある。

人を、大きさの目安にする

岩の上の人影に注目したい。

高さは、一センチに満たない。

顔も、服も描かれていない。

輪郭だけの人である。

しかし、この人がいることで岩の大きさが分かる。

人の背丈は、誰でも知っている。

だから、比較の基準になる。

風景の素描では、この目印がしばしば置かれる。

記録としての精度を上げるための工夫である。

岩を、線で積む

この一枚の岩の描き方も見ておきたい。

大きな塊を、まず輪郭で囲む。

その内側に、短い線を斜めに並べる。

線の向きが変わるところが、面の境目になる。

つまり、面ごとに線の向きを変えている。

この方法なら、明暗を使わずに立体が示せる。

版画の技法にも通じる考え方である。

鉛筆一本で、岩の面を分ける。

水辺の岩

九点目は、手前が細かい。

入江と岸の習作
ダニエル・ハンティントン《入江と岸の習作》1870年ごろ。紙に鉛筆。縦14センチ、横22.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ダニエル・ハンティントン《入江と岸の習作》メトロポリタン美術館蔵

横に長い画面である。

上部に、遠くの山の稜線が薄く引かれる。

その下は、白いままである。

水面だろう。

下部には、岩が横一列に並ぶ。

岩には、細かい線が密に入る。

つまり、遠景は線一本、近景は線の集まり。

その差が、そのまま距離になっている。

八点の中で、最も対比のはっきりした一枚である。

近景と遠景の描き分け

八点を通して、この描き分けが一貫している。

遠くのものは、線を減らす。

近くのものは、線を増やす。

これは、実際の見え方に沿っている。

遠くのものは、細部が見えない。

近くのものは、細部まで見える。

素描では、この違いを線の密度で示す。

色も明暗も使わずに、距離が作れる。

素描から、絵になったか

一つ気になることがある。

この写生帖から、絵は生まれたのか。

ハンティントンは、肖像画家として知られる。

風景画の代表作は、多くない。

つまり、この写生帖の素描が油彩になった例は、限られるだろう。

では、なぜ描いたのか。

習慣として、あるいは楽しみとして。

すべての素描が、作品につながるわけではない。

十九世紀の風景画の流れ

十九世紀半ばの米国では、風景画が盛んになった。

ハドソン川の流域や、その周辺の山地が主題になる。

当サイトの
新大陸の風景を描くでも、その動きを扱った。

多くの画家が、夏に写生へ出かけた。

そして、冬に工房で大きな絵に仕上げる。

ハンティントンの写生帖も、その習慣の中にある。

ただし、彼の本業は肖像である。

同じ土地を、別の目的で歩いていたことになる。

使われなかった記録

使われなかった素描にも、価値はある。

まず、画家の目が何を見たかが分かる。

次に、その土地の当時の姿が記録される。

そして、制作の過程が見える。

作品だけを見ていると、この層は見えない。

美術館が素描を集めるのは、そのためでもある。

完成作より、素描のほうが人に近い。

一九三六年の寄贈

八点は、いずれも一九三六年に館へ入っている。

寄贈者は同じ人物である。

つまり、写生帖がまとまって寄贈された。

画家の没後三十年である。

遺族か、その関係者の手を経たのだろう。

写生帖は、売れる品ではない。

だから、遺品として残り、やがて館へ渡る。

散逸せずに残ったのは、この寄贈のおかげである。

一枚ずつ、番号を付ける

館は、写生帖の頁を一枚ずつ登録している。

つまり、帖としてではなく、頁ごとの作品として扱っている。

これには、利点と欠点がある。

利点は、一枚ずつ検索でき、画像が公開されることである。

欠点は、帖としての順序が見えにくくなることである。

もとの並び順は、番号から推測するしかない。

当サイトが並べた八点も、もとの順序とは限らない。

そのことは、断っておきたい。

紙の状態

八点の紙にも触れておきたい。

いずれも、白に近い薄い色である。

長い年月を経ているが、大きな変色はない。

写生帖の中に綴じられていたためだろう。

閉じていれば、光も埃も当たらない。

一方で、隣の頁と擦れる。

鉛筆の線は、擦れると薄くなり、隣に移る。

八点のいくつかには、うっすらと別の線の跡が見える。

裏や隣の頁から移ったものだろう。

帖として保管されたことの痕跡である。

九点を、順に見る

見方を提案して、終わりたい。

最初の油彩と、八枚の素描を見比べてほしい。

油彩は、面で塗られ、輪郭が溶けている。

素描は、線だけで、面がない。

同じ人が、まったく違う方法で描いている。

そして、素描のほうが速い。

一枚に数分しかかけていないだろう。

その速さが、線の勢いに出ている。

丁寧に仕上げた肖像と、その場で取った線。

九点は、その両端を並べたものである。

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