画家を知る

夫婦を、二枚に分ける——アングルの肖像

小さな一枚

四枚目は、寸法がぐっと小さい。

エドモン・カヴェ
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《エドモン・カヴェ》1844年。油彩・画布。縦40.6センチ、横32.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《エドモン・カヴェ》メトロポリタン美術館蔵

縦40.6センチ、横32.7センチ。先ほどの三枚の三分の一以下である。

胸から上だけが描かれている。

男性は右を向き、目だけをこちらへ向けている。

額が広く、髪が後退している。

白い襟巻きが首元でふくらんでいる。

背景は淡い緑がかった色で、塗りが薄い。

そして、画面の右下に文字が書き込まれている。

署名と年記である。1844年と読める。

この一枚は、仕上げの度合いが先ほどの三枚と違う。

背景はほとんど下塗りのままに見える。

襟巻きの白も、筆の動きがそのまま残っている。

一方、顔だけは丁寧に仕上げられている。

完成と未完成のあいだ

こういう絵を、どう受け取ればいいだろうか。

未完成の習作と見ることもできる。

親しい相手を短時間で描いた記念と見ることもできる。

小さな画面と署名があることから、後者に近いと当方は考える。

売るための正式な肖像なら、背景まで塗るはずである。

とはいえ、これも推測にとどまる。

制作の事情を記した資料を、当方は確認していない。

いずれにせよ、この一枚は見ていて楽である。

大きな肖像の緊張がなく、筆の動きが見える。

完璧に仕上げられた顔よりも、こちらに親しみを覚える人は多いだろう。

宗教画のほう

五枚目は、肖像ではない。

聖体を礼拝する聖母
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《聖体を礼拝する聖母》1852年。油彩・画布。縦40.3センチ、横32.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《聖体を礼拝する聖母》メトロポリタン美術館蔵

中央に聖母が立ち、手を合わせている。

青い外衣を頭からかぶり、目を伏せている。

その前に石の台があり、上に白い円盤が置かれている。

聖体である。左右に燭台が立つ。

背景の左右には、それぞれ人物が控えている。

冠をかぶった人物と、鎧をつけた人物である。

画面は左右対称に近い。厳格な構成である。

寸法は、先ほどのカヴェの肖像とほぼ同じ小ささである。

つまりこれは、大画面の宗教画ではない。

同じ構図を、彼は繰り返し描いたと記録されている。

繰り返しについて

同じ図柄を何度も描くことは、当時の画家にとって普通だった。

需要があれば、同じ構図で複数点を作る。

当サイトでも
ヒックスの平和の王国で、
六十回近く繰り返された例を見た。

アングルの場合、繰り返しは工房の仕事でもある。

弟子が下地を作り、本人が仕上げる形も想定される。

だから制作年や帰属は、作例ごとに慎重に扱われる。

この一点は、所蔵館の記録にもとづき1852年の作としている。

若い頃の一枚

最後は、六点のうち最も古いとされる一点である。

福音書記者聖ヨハネの頭部
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《福音書記者聖ヨハネの頭部》おそらく1818年から20年ごろ。油彩・画布(板に貼付)。縦39.4センチ、横27センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《福音書記者聖ヨハネの頭部》メトロポリタン美術館蔵

暗い画面である。若い男の顔が、闇から浮かび上がる。

顔は左を向き、目を伏せている。

頭の後ろに、うっすらと光の輪が見える。

手が顎のあたりに添えられている。

赤い衣が肩に掛かる。

これは、大きな宗教画のための習作と考えられている。

つまり、完成作ではなく途中の一枚である。

それでも、顔の描き方は完成作と変わらない。

なめらかな面、明確な輪郭、伏せた目。

三十年後の《聖体を礼拝する聖母》と、顔の作り方がほとんど同じである。

青の使い方

《聖体を礼拝する聖母》の青についても触れておきたい。

聖母の外衣に使われた青は、画面の中でひときわ強い。

周囲が褐色と金色で抑えられているため、青だけが前に出る。

聖母を青い衣で描くのは、古くからの約束事である。

高価な顔料が使われた時代の名残とも説明される。

アングルはその伝統を、そのまま踏襲している。

新しい解釈を持ち込むのではなく、型を守る立場である。

宗教画において、型を守ることは保守ではなく敬意でもあった。

見る人が一目で誰かを判別できることが、まず求められる。

そのうえで、細部の完成度を上げていく。

この一点の左右対称の構成も、同じ考え方の延長にある。

祭壇の前に立つ像のように、正面から見られることを想定している。

小さな画面なのに、記念碑のような厳格さがあるのはそのためだろう。

六点を通して見えること

六点を年代順に並べてみる。

1818年から20年ごろ、1823年が二点、1823年から26年、1844年、1852年。

三十年以上の幅がある。

その間、画風はほとんど変わっていない。

顔はなめらかで、輪郭は明確で、姿勢は静かである。

変わったのは、画面の大きさと仕上げの度合いだけである。

これは、驚くべき一貫性だと思う。

同じ時期のフランスでは、絵はめまぐるしく変わっていた。

風景も、色も、筆づかいも、次々に新しくなっていく。

その流れの傍らで、この画家は同じ顔を描き続けた。

変わらないという選択

変わらないことは、しばしば保守と呼ばれる。

だが、三十年間まったく揺れないのは、それ自体が意志である。

流行を追わない、と決めた人にしかできない。

そして結果として、彼の顔は誰の顔とも似ていない。

なめらかで、線が通っていて、少し人間離れしている。

その顔は、いま見ても古びない。

古びないのは、最初から時代に合わせていないからだろう。

夫と妻の二枚は、いまも向かい合ったまま残っている。

同じ年に描かれ、同じ大きさで、別々の画面に。

二百年前の一組の注文が、そのままの形で伝わっている。

一組で見るということ

最後に、対で見ることの意味を書いておきたい。

一枚だけを見ると、この二枚はやや冷たい肖像に見えるかもしれない。

顔は整いすぎ、姿勢は静かで、感情の起伏が読みにくい。

しかし二枚を並べると、印象が変わる。

夫の視線と妻の視線が、画面のあいだで交わるからである。

二人のあいだにある空間が、絵の一部になる。

その空間は、描かれていない。壁があるだけである。

にもかかわらず、そこに関係が生じる。

これは、対の肖像にしかできない仕掛けである。

当サイトが扱う作品にも、もともと組だったものが少なくない。

切り離された祭壇画のように、
散り散りになった例もある。

幸いこの二枚は、離ればなれにならずに済んだ。

同じ館に、同じ年の夫婦が並んでいる。

見るときは、ぜひ二枚まとめて見てほしい。

RELATEDあわせて読みたい

画家を知るの記事一覧