画家を知る

76センチと8センチ——ヘンリー・インマンの肖像

子どもの肖像

六点目は、屋外の肖像である。

ジャネット・ハレック・ドレイク
ヘンリー・インマン《ジャネット・ハレック・ドレイク》1825年。油彩・画布。縦75.6センチ、横62.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヘンリー・インマン《ジャネット・ハレック・ドレイク》メトロポリタン美術館蔵

少女が、岩に腰かけている。

水色の衣を着て、袖が膨らんでいる。

裾は膝下まであり、白い靴下と黒い靴が見える。

髪は明るい茶色で、巻き毛が肩に落ちる。

顔はこちらを向き、目が大きい。

左手には、黄色い紙のようなものを持っている。

背景は森である。木々が暗く茂り、右奥が明るい。

足元には岩と草があり、水が流れている。

子どもを、屋外に置く

子どもの肖像を屋外に置くのは、当時の型である。

自然の中の無垢な子ども、という主題である。

イギリスの肖像画で確立し、アメリカにも入ってきた。

当サイトでも
レノルズの大様式で、
その源流に触れた。

背景の森は、実在の場所とは限らない。

画室で、型どおりに描き足された可能性が高い。

つまり、この森は衣装の一部のようなものである。

子どもの顔だけが、実際の観察にもとづいている。

役柄を演じる肖像

七点目は、劇の場面である。

ウィリアム・テルを演じるウィリアム・チャールズ・マクレディ
ヘンリー・インマン《ウィリアム・テルを演じるウィリアム・チャールズ・マクレディ》1826年から27年。油彩・画布。縦76.8センチ、横63.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヘンリー・インマン《ウィリアム・テルを演じるウィリアム・チャールズ・マクレディ》メトロポリタン美術館蔵

男性が、こちらを向いている。

肩から胸にかけて、褐色の毛皮のようなものを羽織る。

その下は、白い衣である。

首元が開き、胸が見えている。

顔は正面を向き、目に力がある。

眉が寄り、口が固く結ばれている。

背景は暗く、右上にわずかな明るみがある。

つまり、これは役の姿を描いた肖像である。

俳優の肖像

俳優の肖像には、二通りある。

本人としての姿と、役としての姿である。

この一枚は、後者にあたる。

衣装をつけ、表情を作り、役の人物として立っている。

なぜ役の姿で描くのか。

一つには、その役で名を得たからだろう。

宣伝としての機能もある。

版画に起こして売ることもできる。

日本の役者絵と、事情はよく似ている。

当サイトの
役者絵の記事とも、
比べてみると面白い。

帽子をかぶった女性

八点目は、また肖像である。

チャールズ・カミングズ夫人
ヘンリー・インマン《チャールズ・カミングズ夫人》1825年ごろ。油彩・画布。縦76.2センチ、横63.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヘンリー・インマン《チャールズ・カミングズ夫人》メトロポリタン美術館蔵

女性が、椅子に座っている。

大きな白い帽子をかぶり、縁に飾りが付く。

首元には、白いレースの襟が広がる。

上着は水色で、下は黒である。

顔は正面を向き、こちらを見ている。

背景の左は暗く、右には赤い柱のような形がある。

その右奥に、緑と褐色の風景が見える。

つまり、室内と屋外が同じ画面にある。

窓のある背景

室内の人物の背後に、窓や開口部を置く。

そこから風景を覗かせる。

この形式も、肖像画の古い型である。

閉じた空間に、外への抜けを作る。

そうすると、画面に奥行きが生まれ、息苦しさが減る。

同時に、風景が人物の背景として意味を持つこともある。

所有する土地を示す、といった使い方である。

もっとも、この一枚の風景は簡素で、特定できるものではない。

型として置かれたと考えるのが自然だろう。

物語の絵

最後の一点は、肖像ではない。

長い眠りから覚めるリップ・ヴァン・ウィンクル
ヘンリー・インマン《長い眠りから覚めるリップ・ヴァン・ウィンクル》1823年。油彩・板。縦38.1センチ、横45.72センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ヘンリー・インマン《長い眠りから覚めるリップ・ヴァン・ウィンクル》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

森の中である。手前に男が座っている。

体を起こし、片手を上げて額に当てている。

長い髭を生やし、驚いた表情をしている。

そばには、銃らしきものが横たわる。

周囲は木立で、葉が赤や褐色に色づいている。

奥は明るく、木の間から光が差す。

つまり、目覚めた直後の場面である。

題にある物語は、当時のアメリカでよく知られた短編である。

山で眠り込み、二十年後に目覚める男の話である。

文学を、絵にする

文学の場面を絵にすることは、当時ふつうだった。

読者が話を知っているので、説明が要らない。

一場面だけで、前後の物語が想像できる。

つまり、絵が短い時間で多くを語れる。

この一枚は、制作が1823年。九点で最も古い。

画家が二十代の初めごろにあたる。

肖像画家として名を得る前の作である。

寸法も小さく、板に描かれている。

九点を通して

九点を年代順に並べる。

1823年、1825年が二点、1826年から27年、1830年ごろ。

そして1835年ごろ、1836年ごろ、1837年から38年ごろ、1840年から42年。

二十年ほどの幅がある。

寸法は、縦6.4センチから縦78.1センチまで。

面積にすると、およそ百五十倍の差がある。

材料も、油彩、水彩、象牙、紙、板と幅広い。

二つの寸法のあいだで

最後に、寸法の往復について書いておきたい。

大きな油彩は、公の顔である。

家の応接間に掛け、来客に見せる。

小さな細密画は、私的な顔である。

身に着け、離れた場所で見る。

同じ画家が、その両方を作っていた。

公と私、両方の需要に応えて生計を立てていた。

写真が普及すると、この構造は崩れる。

小さな肖像は、写真に置き換えられていく。

九点は、その置き換えの直前の姿である。

いま私たちが携帯端末に家族の写真を入れているのは、
象牙の細密画を懐に入れていた習慣の延長にある。

寸法も材料も変わったが、やっていることは同じである。

一人の画家の幅

もう一つ、九点を通して感じることがある。

この画家は、注文の種類ごとに描き方を変えている。

大きな油彩では、黒と白の対比で顔を立てる。

子どもの肖像では、屋外の型を使い、色を明るくする。

俳優の肖像では、役柄を演じさせる。

細密画では、細い筆で点を重ねる。

物語の絵では、場面の一瞬を選ぶ。

つまり、一つの様式で押し通していない。

その柔軟さは、商売として必要なものだったはずである。

同時に、器用さゆえに個性が見えにくくなる面もある。

いま彼の名が、同時代の他の画家ほど知られていないのは、
そのあたりにも理由があるのかもしれない。

九点をまとめて並べて、はじめて幅が見えてくる。

一点ずつ別々に見ていては、同じ人の仕事とは思えないだろう。

寸法の違いは、そのまま仕事の違いでもあった。

大きさは、絵の性格を決める最初の条件である。

九点は、そのことを静かに教えてくれる。

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