虫は、数がそろって主題になる——呉炳・歌麿・グランヴィルほか九点
大きな獣なら一頭で画面が埋まる。虫は違う。九点を数えると、三点で虫は群れとして描かれ、二点では器や盆の形になり、二点では姿を見せないまま人を刺し、あるいは家の紋章として杯に載っていた。脚の本数は、真っ先に省かれる特徴だった。

団扇の面に、虫が三匹
丸みを帯びた画面である。
団扇の形をしている。
絹の地は茶色く沈んでいる。
画面の左下から、竹が斜めに伸びる。
葉は細長く、先が尖る。
葉の先のいくつかは、黄色く枯れている。
竹の右にも、別の株が立つ。
その葉のあいだに、虫がいる。
一匹は、細長い体を持つ。
羽が四枚、水平に広がっている。
竹の上を飛んでいる。
蜻蛉である。
もう一匹は、葉の上に止まっている。
体は緑で、後ろ脚が長く曲がる。
触角が細く、後ろへ伸びる。
そして三匹目は、画面の右上を飛ぶ。
体に縞があり、羽が細い。
蜂である。

館の記録では、作者は宮廷に仕えた画家である。
そして館は、この画面の三匹を数え上げている。
竹の茎の上を漂う蜻蛉、葉に止まる草の虫、そして飛ぶ蜂。
館の記録は、そう書いている。
さらに季節についても触れている。
葉の先が黄色いことは、夏の終わりか秋の初めを示す。
葉に止まる虫の鳴き声は、機を織る音に似ている。
そのため、この虫は機織りの女とも呼ばれるという。
機を織る季節は、寒くなろうとするころに始まる。
だからこの虫は、初秋のしるしになる。
館の記録は、そう説明している。
つまり三匹は、季節を示すために選ばれている。
団扇という形も、季節に関わっている。
団扇は夏に使うものである。
その面に、夏の終わりの虫が描かれている。
使う季節と、描かれた季節が重なっている。
そしてこの一葉は、いま画帖に収められている。
団扇として使われることは、もうない。
柄を外し、面だけを台紙に貼って保存する。
その形で八百年あまりが過ぎている。
虫の三匹は、扇がれることのない面の上に残っている。
作者の署名は、画面の左下に小さく記されている。
館の記録は、そこにもう一つ、読み取れない印があるとも書いている。
虫は、数えられるか
この一葉を出発点に、虫の絵を九点数えていく。
虫は小さい。
小さいので、画面の中では点になる。
そして数が多い。
だから虫の絵では、何匹いるかを数えることが読むことになる。
前の回で蝶がどこにも止まらないことを見た。
蝶以外の虫は、よく止まる。
止まるかわりに、群れる。
先に言ってしまうと、九点のうち、虫が一匹だけ描かれているのは二点である。
三点では、虫は群れとして描かれている。
二点では、虫は器や道具の形になっている。
そして二点では、虫は姿を見せないまま働いている。
夜の川辺で、蛍が捕られる
二点目は、三枚続の版画である。

横に長い画面である。
38.2×76.8センチある。
左に柳の木が立ち、細い枝が垂れる。
画面の下には、浅い川が流れる。
水は白く残され、細い線で流れが示される。
その川に、少年がひとり入っている。
裾をまくり上げ、身をかがめている。
手を水面の上へ伸ばしている。
岸には、女たちが立っている。
ひとりは団扇を高く突き上げている。
もうひとりは、両手を胸の前に置く。
画面の中央、若い女の手には、小さな籠がある。
籠は細い骨で編まれ、中がのぞける。
その中に、光る点がいくつか入っている。
蛍である。
館の記録では、少年たちは追いかけるのに夢中である。
ひとりは獲物を追って流れに入り、年下のひとりが期待して見ている。
若い女は団扇を宙へ突き出し、捕らえようとしている。
中央の娘は、細工の籠に閉じ込めた虫を眺めている。
館の記録は、そう書いている。
つまりこの画面では、虫は追われ、捕らえられ、眺められている。
そして光の点としてしか描かれていない。
体の形は、どこにも描かれていない。
九点のうち、虫が光だけで表されているのは、この一点である。
籠の細工にも目が行く。
館の記録は、細工の凝った籠と書いている。
蛍を入れるためだけの道具が、丁寧に作られている。
つまり蛍狩りは、道具を伴う遊びだった。
団扇も、掬うための道具として使われている。
夏に使う団扇が、ここでは虫を追う網になっている。
三枚続という形も見ておきたい。
一枚ずつでも売れるが、三枚並べて一つの場面になる。
川は三枚をまたいで流れ、人物は各枚に散らばる。
買う人は、三枚そろえたいと思うことになる。
葉の上の幼虫は、葉と同じ色をしている
三点目は、小さな水彩である。

たいへん小さな紙である。
12.1×8.6センチしかない。
画面いっぱいに、緑の葉が広がる。
葉は丸みのある楕円で、葉脈が薄く見える。
そのあいだを、赤褐色の細い茎が走る。
茎は何度も枝分かれする。
画面の中ほど、茎に沿って、細長いものがいる。
体は緑で、葉とほとんど同じ色である。
体の側面に、白い斜めの筋が並ぶ。
その筋は、葉脈の向きと同じである。
幼虫である。
尾の先に、細い角が一本立つ。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
しかし題には、隠す色についての本の名が入っている。
前の回で見た枯葉の中の蛇は、同じ本のための習作だった。
そちらでは、蛇の模様が枯葉の模様と同じだった。
こちらでは、幼虫の白い筋が葉脈と同じ向きに走っている。
同じ画家が、同じ論を、別の生きもので示している。
紙の小ささも見ておきたい。
12.1×8.6センチは、手のひらに収まる。
本の図版として使うなら、この大きさで足りる。
原寸に近い大きさで、幼虫が描かれている。
つまり見る人は、実物とほぼ同じ大きさのものを見ることになる。
隠れているものを示すには、その大きさが要る。
拡大すれば、隠れていることが分からなくなるからである。
館の記録は、そこまでは書いていない。
書かれているのは、題と、紙に水彩であることだけである。