作者の欄に、文化の名が入る——シカゴ美術館の古代アメリカ
モチェ。チムー。ナスカ。九点の作者の欄に並ぶのは、土地と時代でくくられた文化の名である。ただし一点だけ、個人の名が残っている。名がないと書く書き方と、その例外の一点を読みたい。年の欄が、六百年の幅を持つ件もある。

作者の欄に、文化の名が入る
古代アメリカの品を九点、記録の欄で並べてみる。
作者の欄に並ぶのは、こういう語である。
モチェ。チムー。ランバイエケ。ナスカ。
テオティワカン。マヤ。
いずれも、人の名ではない。
土地と時代でくくられた、文化の名である。
九点のうち八点が、この形で書かれている。
そして一点だけ、個人の名が入る。
八世紀の終わりごろに活動した、マヤの絵付師の名だ。
九点のうち、名が残っているのはその一人だけである。
名がない、と書く
八点のうち一点は、書き方がさらに変わっている。
陶工は不詳、と書いたうえで、括弧に文化の名を入れる。
不詳であることを、わざわざ書いている。
ほかの七点は、文化の名だけを置く。
書き方が、点によって揃っていない。
なぜ一点だけ、不詳と明示するのか。
館の記録は、その理由を書かない。
近年、記録の書き方を見直した結果かもしれない。
作者の欄が空白に見えることを、避けたのかもしれない。
いずれにせよ、意味は変わる。
文化の名だけを置けば、それが作者のように読める。
不詳と書けば、作った個人がいたことが前に出る。
一語の差が、読み方を大きく変える。

人の頭の形をした器である。
顔は正面を向き、目を大きく見開く。
眉と目の縁が、黒く塗られる。
鼻は太く、小鼻が張る。
唇は結ばれ、口角がわずかに下がる。
両頬に、斜めの黒い線が入る。
頭には、帯状の被り物が巻かれる。
帯の表面に、四角と点の文様が並ぶ。
耳のあたりから、布が左右に垂れる。
頭頂に、鐙のような形の把手が立つ。
その中央から、短い注ぎ口が上へ伸びる。
顔の造作は、特定の人物を写したように見える。
器であり、像でもある
いま見た一点は、器として作られている。
しかし、写っているのは人の頭である。
液体を入れ、注ぎ口から出す。
その機能を持ちながら、肖像でもある。
館の記録は、品名の欄に器と書く。
彫刻とは書かない。
用途のあるものは、器として分類される。
九点のうち五点が、この分類に入る。
一方、同じ館の記録で、彫刻に分類される品もある。
その線引きは、用途の有無で決まっている。
前の回の記事で、ギリシアの器の名が題になる例を見た。
そこでも、器は器として数えられていた。
用途が、分類の第一の基準になっている。

人がうずくまる姿の器である。
膝を折り、両手を前で組む。
体は橙色の土のままで、丸みを帯びる。
頭には、白い布が巻かれる。
布は後ろへ長く垂れる。
顔は白く塗られ、目と口が大きく開く。
目は丸く、縁が黒い。
両頬に、赤い線が横に走る。
背から、鐙の形をした把手が立ち上がる。
その上に、短い注ぎ口が付く。
先ほどの一点と、作りの原理が同じである。
年の欄が、六百年の幅を持つ
九点の年の欄を、幅で比べてみる。
いちばん狭いのが、780年から810年の三十年。
いちばん広いのが、紀元前100年から紀元500年である。
六百年の幅がある。
同じ館の記録の中で、二十倍の差だ。
なぜこれほど違うのか。
狭いほうには、文字が書かれている。
広いほうには、手がかりが少ない。
型の作りや土の質から、およその範囲を出す。
その範囲が、六百年になる。
分からないものを、無理に狭めない。
前の回の記事で、年の欄の留保の書き方を見た。
こちらは、留保の語を使わずに幅で示している。
個人の名が残った一点
九点でただ一つ、個人の名を持つ器がある。
八世紀の終わりごろ、いまのグアテマラで作られた。
円筒形の器で、上端に文字の帯が回る。
その帯の中に、作った人の名が書かれている。
器そのものに、名が記されているのだ。
だから、千二百年後の記録に名が残る。
前の回の記事で、名が残る条件を何度か見てきた。
時代が近いこと。銘を切る習慣があること。
ここでは、文字を持つ文化であったことが効いている。
書く手段があり、書く習慣があった。
その二つが揃うと、名は千年を越える。

円筒形の器である。
上端と下端に、細い帯が回る。
上の帯には、四角い枠に入った記号が並ぶ。
枠は等間隔で、内側に細かい線が入る。
胴の面には、人物が描かれる。
いずれも横向きで、腰を落とす。
頭に大きな飾りを載せ、後ろへ羽根が広がる。
腕を上げ、手を開く。
線は赤褐色で、細く引かれる。
地は明るい橙で、塗り残しが多い。
底の縁が、一部欠けている。
寸法の欄が、二通りに分かれる
九点の寸法の欄には、二つの書き方がある。
縦、横、奥行きの三つを書くもの。
高さだけを書くもの。
三つ書く点が六つ、高さだけの点が三つである。
高さだけの三点には、共通点がある。
いずれも、同じ人から同じ年に寄贈されている。
1958年の寄贈である。
つまり、書き方の差は品の差ではない。
記録を作った時期と、担当の差である。
まとめて入ってきた一群が、まとめて簡単に記録された。
その記録が、そのまま残っている。
前の回の記事で、寸法の欄の粒度を見た。
ここでも、受入の事情が欄の細かさを決めている。