美術史・技法

独学の肖像画——アミ・フィリップスと巡回画家

母と子を、対の色で描く

メイヤー夫人と娘
アミ・フィリップス《メイヤー夫人と娘》1835〜1840年。油彩・画布。縦96.2センチ、横87センチ。メトロポリタン美術館蔵。エミ・フィリップス《メイヤー夫人と娘》メトロポリタン美術館蔵

こちらは二人の像である。

右に母親が座っている。黒い服に、白いレースの帽子と大きなリボン。

左に幼い子が立つ。赤い服で、首に珊珠の首飾りを二重に巻いている。

母の腕が子の腰に回され、子は右手に小さな緑の葉を持っている。

背景は暗い褐色。床は赤い帯として示されている。

色の配分を見てほしい。

黒、白、赤。この三色で画面が構成されている。

母の黒と子の赤が並び、その上に白いレースが置かれる。

色数を絞って強い対比を作る方法である。

これは巡回画家の肖像に共通する特徴と言える。

もう一点、母子の姿勢も型である。

母が座り、子が横に立つ。母の手が子に触れる。

この構成は、都市の肖像画にも、後の写真館の写真にもある。

家族の関係を一目で示すための型である。

そして子どもの服が赤いのは、画面の中で目を引かせるためだろう。

黒い服の母の隣に赤を置けば、視線が子へ動く。

主題の順序が、色で決められている。

手と本は、型で描かれる

小道具にも決まりがある。

楽譜を持つ男——おそらくクック氏
エラスタス・ソールズベリー・フィールド《楽譜を持つ男——おそらくクック氏》1838年ごろ。油彩・画布。縦89.1センチ、横73.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。エラストゥス・ソールズベリー・フィールド《楽譜を持つ男——おそらくクック氏》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

男性が卓の前に座っている。

黒い上着に白い胴着。黒い蝶ネクタイを結んでいる。

右手を卓の縁に置き、指を伸ばしている。

卓の上には開いた本がある。五線譜と歌詞が描き込まれている。

賛美歌の楽譜だろう。

背景の左には赤い垂れ布。その隙間から風景が覗く。

湖と岩、樹と空。絵の中の絵のように、四角く切り取られている。

つまり背景は現実の部屋ではない。装飾の組み合わせである。

本や楽譜は、教養と信仰を示す小道具である。

肖像に持ち物を添える方法は、都市の肖像画と同じである。

型は共有されていた。学ぶ場所がなくても、型は伝わる。

背景の風景にも注目したい。

垂れ布の隙間から見える湖と岩は、実際の景色ではないだろう。

版画で流通していた風景の型を借りたものと考えられる。

つまり画家は、風景の在庫を持っていた。

注文主の希望に応じて、背景に湖や庭を入れる。

現代の写真館の背景幕と、機能が同じである。

白黒の記録しかない作品もある

フィリップ・スレイド
アミ・フィリップス《フィリップ・スレイド》1818年。油彩・画布。縦97.3センチ、横82.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。公開されている画像は白黒写真である。エミ・フィリップス《フィリップ・スレイド》メトロポリタン美術館蔵

こちらは白黒の記録写真である。

男性が椅子に座り、右手を本の上に置いている。

黒い上着、白い襟布。髪は額の上で切りそろえられている。

顔は正面を向き、目は正面を見ている。

色が分からないため、服の生地や背景の色は判断できない。

寸法は97.3×82.6センチ。先の作品より一段大きい。

制作は1818年。この画家の初期にあたる。

この画家は五十年以上にわたって仕事を続けた。

初期と後期では、描き方が変わっている。

初期は輪郭が細く、肌の色が淡い。

1830年代の作品では、黒い面が大きくなり、対比が強くなる。

流行の服が変わったことも影響しているだろう。

つまり様式の変化は、注文主の服の変化とも連動している。

トマス・ストーム
アミ・フィリップス《トマス・ストーム》1830年ごろ。油彩・画布。縦81.3センチ、横66センチ。メトロポリタン美術館蔵。公開されている画像は白黒写真である。エミ・フィリップス《トマス・ストーム》メトロポリタン美術館蔵

こちらも白黒である。

年配の男性が椅子に座り、右手を椅子の腕に置いている。

黒い上着に白い襟布。髪は薄く、額が広い。

背景は暗く、平らに見える。

画像の質が違うだけで、読める情報が大きく変わる。

公開画像の条件については別のコラムで扱った。

襟が、主役になる

もう一人の画家を見たい。

本を持つ女
エラスタス・ソールズベリー・フィールド《本を持つ女》1835年ごろ。油彩・画布。縦75.7センチ、横60.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。エラストゥス・ソールズベリー・フィールド《本を持つ女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

女性が椅子に座っている。

黒い服の上に、水色がかった大きな襟が広がっている。

襟は肩を覆い、胸の前まで届く。縁には細かい穴の模様がある。

さらに首元に、白いレースの襞飾りが重ねられている。

髪は左右で巻き上げられ、頭頂に櫛が挿してある。

左手に赤い装丁の本を持っている。

背景は灰色から褐色へ変わり、右に椅子の背が見える。

画面の面積を見ると、襟が顔よりも広い。

つまり主役は襟である。

新しい流行の襟を持っていることが、肖像の目的の一部になっている。

額と絵は、同じ町で作られた

額についても書いておきたい。

全身像には、額込みの寸法が記録されている。

つまり当時の額が残っている。

地方の肖像画では、額を地元の指物師が作ることが多かった。

木を削り、塗り、金泥を置く。専門の職人がいなくても作れる仕事である。

だから額の意匠には地域差が出る。

絵と額を並べて見ると、その土地の技術が読める。

額を作品の一部として見る視点は、こうした例でとくに有効である。

全身像もある

バングズ=フェルプス家の少女
エラスタス・ソールズベリー・フィールド《バングズ=フェルプス家の少女》1848年ごろ。油彩・画布。縦149.2センチ、横76.8センチ。額込みで縦161.3センチ、横90.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。エラストゥス・ソールズベリー・フィールド《バングズ=フェルプス家の少女》メトロポリタン美術館蔵

縦149センチの縦長の画面である。

少女が立っている。白い服で、袖が膨らみ、裾が足元まで届く。

胸元に金の鎖を下げ、右手に赤い装丁の本を持つ。

髪は中央で分け、両側で編んでいる。

足元には赤い靴。床には模様のある敷物が描かれている。

背景は灰色で、上方が明るい。

全身像は、肖像の等級としては上位にあたる。

寸法も大きく、値段も高い。

つまりこの家は、上等な注文をしたことになる。

床の敷物の模様が丁寧に描かれているのも、財を示す要素だろう。

額込みの寸法が記録されていることにも注目したい。

縦161.3センチ、横90.5センチ。奥行は7.6センチである。

つまり額が現存しており、寸法が測られている。

巡回画家の絵は、額まで一緒に注文されることが多かった。

地元の指物師が枠を作り、画家が絵を納める。

絵と額が同じ町で作られていたことになる。

額と絵の関係については別のコラムで扱った。