独学の肖像画——アミ・フィリップスと巡回画家
誰が注文したのか
注文主についても押さえておきたい。
19世紀前半のアメリカ北東部には、農場主、商人、医師、聖職者、教師がいた。
いずれも都市の富裕層ではないが、現金を持つ層である。
肖像画の代金は、家畜や穀物で支払われることもあったと伝えられる。
つまり地方の経済の中で成立する取引だった。
肖像を持つことは、家の格を示す行為でもある。
壁に自分と妻の肖像を掛ければ、来客に対して身分を示せる。
写真が普及する前、それが最も手軽な方法だった。
だから需要は都市の外にも広くあった。
そして注文の内容も似てくる。
半身、正面、黒い服、白い襟、そして本や道具。
型が共有されたのは、注文の内容が共有されていたからでもある。
写真が来て、仕事が消える
19世紀の中頃、肖像の商売は大きく変わる。
写真である。
1840年代から、肖像写真が急速に広まった。
短時間で、安く、似ている像が得られる。
巡回画家の商売は、この時期に立ち行かなくなっていく。

晩年の作品である。
室内が描かれている。柱と天蓋のある広間で、床には模様の敷物。
十人以上の人物が左右に配され、中央に赤い衣の女性が立つ。
奥には垂れ布と、吊り下がる灯具。
古代の物語の場面である。
人物の姿勢は正面向きが多く、遠近法は緩い。
肖像で使っていた平面的な描き方が、ここでも使われている。
つまり主題は変わったが、方法は変わっていない。
写真に肖像を奪われた画家が、絵でしか描けない主題へ移った例である。
写真と絵の関係については別のコラムで扱った。
記録が残っている画家、残っていない画家
伝記の記録にも差がある。
巡回画家の多くは、生没年も活動範囲も不明である。
作品に署名がなく、注文の記録も残らない。
一方で、家系や地域の記録から活動が復元された画家もいる。
当サイトが名前で公開できているのは、その復元があったからである。
つまり「作者名の分かる素朴な肖像」は、研究の成果である。
名前が付くまでは、作者不明の一点として扱われていた。
記録の有無が、作品の位置づけを変えている。
見立て——型があれば、商売は成立する
まとめておきたい。
巡回画家の仕事は、三つの要素で成立していた。
規格の寸法、平面的な描き方、そして共有された型である。
型とは、姿勢、小道具、背景の作り方を含む一式である。
これがあれば、学校で学ばなくても肖像は作れる。
似ていることは、細密な陰影ではなく輪郭で確保する。
そして装飾を丁寧に描くことで、注文主の満足を得る。
服の生地、レースの模様、本の装丁、指輪。
これらは顔よりも描き込まれていることが多い。
顔は似せる。物は誇る。役割が分かれている。
消えた仕事の跡が、残っている
写真の普及によって、この商売は消えた。
しかし残った絵は多い。
家に飾られ、代々受け継がれ、そして美術館に入った。
当サイトの公開分でも三十点あまりが揃っている。
いずれも名前の分かる誰かの顔である。
有名人ではない。地方の商人、農場主、教師、その家族。
美術の歴史では長く軽く扱われてきたが、
19世紀のアメリカの暮らしを知る資料としては貴重である。
服の形、レースの流行、髪の結い方、持ち物。
いずれも年代を絞る手がかりになる。
肖像画は、衣装史の資料としても読める。
そして残された名前が、地域の家族史とつながる。
美術館の記録に「おそらくクック氏」と書かれているのは、
名前の伝承が途切れかけていることを示している。
顔と名前の結びつきは、記録が続くかぎりで保たれる。
型は、どこから伝わったのか
型の伝播についても書いておきたい。
巡回画家は、都市の画家の作品を版画で見ていた。
版画は安く、遠くまで運ばれる。
つまり型は印刷物を通じて広がった。
姿勢、小道具、背景の作り方。いずれも版画から学べる。
色の情報は伝わらないため、色の扱いには地域差が出る。
複製が様式を運ぶ仕組みは、洋の東西で共通している。
暮らしへ——家族写真の型を、確かめてみる
最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。
家にある古い家族写真を見てほしい。
椅子に座る位置、手の置き方、背景の布、着ている服。
たいてい、いくつかの型に収まっている。
写真館の型は、実はこうした肖像画の型を引き継いだものである。
姿勢と小道具の決め方は、絵の時代からほとんど変わっていない。
自分で撮るときも、型を一つ決めてから撮ると落ち着く。
型は不自由ではなく、繰り返せる形式である。
もう一つ。持ち物を一つ決めて写るのも面白い。
本、道具、楽器、湯呑み。手にする物で人の説明が変わる。
19世紀の巡回画家がやっていたのは、その選択の作業である。
そして、同じ椅子と同じ壁で家族を順に撮ってみてほしい。
型を決めて繰り返すと、並べたときに一族の記録になる。
巡回画家がしていたのは、まさにその仕事である。
群として見ると、規格が見える
最後に、見方をまとめておきたい。
三十点あまりを寸法で並べると、規格の存在が分かる。
30×25インチ前後に集まっている。
寸法の集中は、移動する商売の証拠である。
数字を並べる作業が、仕事の形を教えてくれる。










