美術史・技法

顔を見たことのない人を描く——狩野派の歌仙絵

下絵が、残っている

型の仕組みを示す一点がある。

米芾拝石図の下絵
狩野探幽《米芾拝石図の下絵》1666年。掛軸を板に貼って額装、紙に墨と色。画面は縦84.1センチ、横41.3センチ。表装を含めて縦92.7センチ、横47.9センチ。額を含めて縦95.9センチ、横50.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。狩野探幽《米芾拝石図の下絵》メトロポリタン美術館蔵

縦長の水墨画である。画面の右上に、切り立った岩壁が伸びる。

その手前に松が数本。枝が左へ張り出す。

下部に人物が三人。長い衣の男が立ち、脇に従者らしき人物がいる。

岩に向かって手を合わせているようにも見える。中国の文人が石に詩を書く故事を主題としている。

右側に、細い文字が縦に並ぶ。賛と、年記である。

絹に描くということ

支持体にも触れておきたい。色紙も掛軸も、絹に描かれている。

絹は目が細かく、絵具がよく乗る。一方、紙より傷みやすい。

経年で黄変し、糸が緩む。破れれば、繊維に沿って裂けが広がる。

だから絹の絵には、補修の跡が残りやすい。材料の性質が、残り方を決めている。

一方、探幽の下絵は紙に描かれている。下絵には安価な材料が使われた、と考えるのが自然である。

下絵は、何のためか

題名にある通り、これは完成作ではない。より大きな絵を描くための下絵である。

構図を決め、注文主に見せ、承認を得る。その段階の絵だと考えられる。

つまり、制作の途中の記録がそのまま残っている。完成作は、別の場所にあったはずである。

下絵が残ることの意味は、
別のコラムでも扱った。

日本の絵でも、西洋の絵でも、準備の段階の絵は別に扱われてきた。

三つの寸法が並んでいる

寸法欄を見てほしい。三つの数字が並んでいる。

画面が84.1×41.3センチ。表装を含めて92.7×47.9センチ。額を含めて95.9×50.5センチ。

つまりこの絵は、掛軸として表装され、その掛軸が板に貼られ、さらに額に入っている。

三重の容れ物である。所蔵館の記録も、その順序で寸法を書き分けている。

装いが変えられた証拠が、寸法欄に残っている。

なぜ額に入れられたのか

改装の理由も考えたい。掛軸は、掛けたり巻いたりして扱う。

しかし巻けば、紙は折れ、絵具は割れる。傷んだ作品では、巻くことが危険になる。

板に貼って額に入れれば、巻く必要がなくなる。保存のための改装だと考えられる。

ただし、所蔵館の記録に理由は書かれていない。だから、これは推測である。

三幅対という形式

探幽の作品には、組物が多い。

冬景山水
狩野探幽《冬景山水》1662年。三幅対の一幅、掛軸、絹に墨と色。縦113センチ、横39.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。狩野探幽《冬景山水》メトロポリタン美術館蔵

細長い掛軸である。縦113センチ、横39.4センチ。

水墨で描かれた冬の山である。上部に白い峰が霞み、中景に雪をかぶった岩が立つ。

手前に枯れた枝が数本、横に伸びる。色はほとんど使われていない。

所蔵館の記録は「三幅からなる組の一幅」と書いている。つまり、あと二幅がどこかにある。

夏の一幅と並べる

同じ組の、別の一幅を見たい。

夏景山水
狩野探幽《夏景山水》1662年。三幅対の一幅、掛軸、絹に墨と色。縦113センチ、横39.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。狩野探幽《夏景山水》メトロポリタン美術館蔵

寸法は冬の一幅と同じである。縦113センチ、横39.4センチ。

こちらは岩が黒く、松の葉が濃い。中央に滝が細く落ちる。

墨の濃さが、冬の一幅より強い。夏の湿った空気を、墨の量で示している。

三幅対では、中央と左右で主題を分けるのが普通である。四季を割り当てる形式も多い。

つまり、二幅を並べて初めて、対比が意味を持つ。

組が揃わないと、読めない

組物の弱点にも触れたい。三幅のうち一幅だけを見ても、季節の対比は分からない。

冬の絵は、ただ寒々しい山水に見える。夏の絵は、ただ暗い山水に見える。

対比が主題である以上、揃っていることが読解の条件になる。

続き物や図譜でも、同じ問題が起きる。組が崩れる事情は、
別のコラムで扱った。

人物の掛軸もある

別の組物も見ておきたい。

神農像
狩野探幽《神農像》1665年。三幅対の一幅、掛軸、絹に墨と色。縦105.4センチ、横46.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。狩野探幽《神農像》メトロポリタン美術館蔵

老人が正面を向いて座る。白い衣を着て、長い髭が胸まで垂れる。

手に草らしきものを持つ。神農は、農耕と医薬の祖とされる中国の伝説上の人物である。

背景は何も描かれていない。絹の地がそのまま余白になる。

右に細い文字が縦に並ぶ。年記と署名である。

ここでも、画家は本人を見ていない。伝説の人物を、型で描いている。

年記が、三つ並ぶ

制作年も確かめておきたい。三幅対の山水が1662年、神農像が1665年、下絵が1666年である。

つまり公開分の探幽の作は、四年ほどの範囲に集まっている。探幽の晩年にあたる時期である。

同じ時期に、水墨の山水、人物、下絵が並んでいる。主題ごとに手法を使い分けていたことが分かる。

年記のある作品は、こうした比較の基準になる。年が分かる一点は、年の分からない作品の物差しになる。

屏風という大画面

最後に、大きな一点を見たい。

花鳥図
狩野探幽《花鳥図》17世紀。六曲一隻の屏風、絹に墨と色。縦177.8センチ、横395センチ。メトロポリタン美術館蔵。狩野探幽《花鳥図》メトロポリタン美術館蔵

六曲の屏風である。縦177.8センチ、横395センチ。人の背丈を超える高さで、幅は約4メートル。

金地の上に、六つの縦長の画面が並んでいる。それぞれが額のように区切られている。

各画面には、鳥と草花が水墨で描かれる。枝、鶴のような鳥、小さな花。

上下には緑の帯と、朱と金の文様の帯が走る。

つまり、この屏風は一続きの絵ではない。六つの絵を並べて貼った構成である。