画家を知る

見上げる絵の設計——ティエポロの天井画

天井画は、下から見上げられる前提で作られる。ティエポロの下絵は中央を空け、縁に人物を寄せる。壁から剥がされた断片や祭壇画の下絵まで、建築の一部としての絵を九点で確かめる。下絵がどこまで完成作を拘束したのかも見ておきたい。

惑星と大陸の寓意
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《惑星と大陸の寓意》メトロポリタン美術館蔵

中央が、空いている

一枚の絵から始めたい。

惑星と大陸の寓意
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《惑星と大陸の寓意》1752年。油彩・画布。縦185.4センチ、横139.4センチ。メトロポリタン美術館蔵。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《惑星と大陸の寓意》メトロポリタン美術館蔵

縦185センチ。人の背丈ほどの画面である。

構成が独特なので、順に見ていきたい。

まず、画面の四辺に沿って人物が密集している。

下辺には、旗や槍を持つ人々。動物も混じる。

左右の辺にも人が並び、上辺には雲と飛ぶ人物がいる。

その縁の帯は、彫刻のような枠で区切られている。

そして画面の中央は、ほとんど空いている。

淡い青と白の空が広がり、そこに小さな人影が浮かんでいる。

中央に大きな主役を置かない構成である。

縁の人物は、何者か

縁に並ぶ人々についても書いておきたい。

旗、槍、動物、荷物。持ち物で身分や土地が示されている。

18世紀の宮殿装飾では、四方に世界の各地を配する構成が好まれた。

各地の産物や人々を並べ、中央に統治者や神々を置く。

つまり天井は、世界の地図として構想されることがあった。

そこには当然、当時のヨーロッパから見た序列が入り込む。

遠い土地の人々は、しばしば装飾の一部として扱われている。

この点は、絵の美しさとは別に押さえておきたい。

記録と主張の関係については別のコラムでも触れた。

これは、天井のための下絵である

なぜこういう構成になるのか。

これが天井画の案として描かれたものだからである。

天井の絵は、床から見上げて見る。

見上げるとき、人は部屋の中央に立つ。すると視野の中心は天井の中央になる。

その中心に人物を詰めると、真下から見上げた足の裏ばかりが見えることになる。

だから中心は空け、縁に人物を集める。

縁の人物は、部屋の壁の上あたりに位置する。斜めから見えるので姿が読みやすい。

つまりこの構成は、見上げるという条件から導かれている。

短縮の問題にも触れておきたい。

真下から人体を見ると、脚が短く、胴が縮んで見える。

この歪みを絵で扱う方法は二つある。

一つは、歪みをそのまま描くこと。足の裏や腹が大きく見える。

もう一つは、人物を斜めに置いて、歪みを避けること。

この画家は後者を多く使う。雲に乗せて斜めに配置し、全身を見せる。

見上げても姿が読めるようにしているのである。

天井画の写実は、見え方の再現よりも読みやすさを優先している。

下絵は、何のために作られたか

下絵の役目も押さえておきたい。

第一に、注文主に見せるためである。

天井画は高額で、完成後に描き直せない。

だから小さな画面で構図を示し、承認を得る。

第二に、工房で作業を分けるためである。

天井画は足場を組み、漆喰の上に描く。人手が要る。

下絵があれば、どこに何を描くかを共有できる。

第三に、寸法と形を確定するためである。

天井の形は建築が決める。長方形とは限らない。

下絵の段階で、その形に合わせて構図を作っておく必要がある。

第四に、値段の交渉である。

面積と人物の数が決まれば、材料と日数の見積りが出せる。

大きな装飾の仕事は、契約の文書を伴う。

下絵はその添付資料にあたる。

絵の制作が、建築工事の一部として進んでいたことになる。

下絵と完成作の関係

下絵と完成作の違いも押さえておきたい。

下絵は速く、薄く、簡潔に描かれる。

完成作は面積が数十倍になり、細部が加わる。

そのぶん、下絵の勢いは失われることがある。

19世紀以降、下絵のほうを高く評価する見方が広まった。

画家の手が直接残っているからである。

美術館が下絵を収集するのは、この評価の変化による。

天井画そのものは動かせないという事情もある。

問い——見上げる絵は、どう設計されるのか

ここから本稿の問いに入りたい。

天井画は、壁の絵とどこが違うのか。

当サイトが公開するこの画家の作品は26点ある。

そのうち、天井や壁の装飾に関わるものが多い。

下絵、実際の天井画、そして壁から剥がして移された断片が揃っている。

制作の順序をたどれる材料である。

以下、寸法と形に注目しながら見ていきたい。

先に結論を書いておく。

天井画では、形は建築が決め、構成は視線が決める。

だから中央が空き、縁が重くなる。

そして完成作は建物と一体なので、美術館に来るのは下絵か、剥がされた断片である。

描いたのは、ヴェネツィアの画家

ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロは18世紀のヴェネツィアで活動した。

宮殿や教会の天井を数多く手がけている。

ドイツのヴュルツブルクや、スペインのマドリードにも招かれた。

つまり国境を越えて注文を受ける画家だった。

天井画の技術者として、需要があったということである。

工房も家族で構成されていた。

息子たちが助手として働き、のちに独立して制作している。

大画面の装飾は、一人では終わらない仕事である。

だから工房の規模と分担が、作品の質を左右する。

工房で型が受け継がれる仕組みは別のコラムでも扱った。

小さな下絵は、驚くほど薄い

まず、いちばん小さな下絵を見たい。

「思慮」の擬人像のある天井のための習作
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《「思慮」の擬人像のある天井のための習作》1762年ごろより前。油彩・画布。縦27センチ、横49センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《「思慮」の擬人像のある天井のための習作》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

寸法を見てほしい。縦27センチ、横49センチ。

葉書を四枚並べたほどの大きさである。

画面の下半分に、桃色とグレーの雲がある。

その雲の上に人物が横たわり、右にもう一人が寄りかかる。

左上には、輪のような物を持って飛ぶ幼児がいる。

上半分は、ほとんど空である。淡い青と白。

絵具が薄い。画布の織り目が見え、下地の色が透けている。

一気に描いたことが分かる筆の運びである。

人物の輪郭も一本の線で、直しがほとんどない。

これは注文主に見せる前の、自分のための案だろう。

構図の骨格だけを確かめるための紙のような使い方である。

雲の色にも注目したい。

桃色と灰色の混色で、実際の雲より赤みが強い。

天井画では、光源が下から来る場合がある。

窓の位置によっては、雲の下面が明るく染まる。

その効果を先に決めておくために、色を大まかに置いたのだろう。

下絵は形の確認だけでなく、色の決定の場でもある。