美術史・技法

顔を見たことのない人を描く——狩野派の歌仙絵

金地は、暗い部屋のためにある

金地についても書いておきたい。屏風の地は、金箔で覆われている。

金は、わずかな光でも反射する。灯りの乏しい部屋では、この反射が効く。

つまり金地は、豪華さのためだけではない。暗い室内で絵を見えるようにする工夫でもある。

高さ177.8センチという寸法も、座って見る前提に合う。立って見下ろす絵ではない。

家具としての絵という見方は、
別のコラムでも扱った。

貼り込むという方法

この構成は、日本の絵では珍しくない。掛軸や色紙を屏風に貼り込む形式がある。

もともと別々に描かれた絵を、あとから一つの家具に仕立てる。逆に、屏風の絵を剥がして掛軸にすることもある。

つまり絵と容れ物の関係は、固定されていない。同じ絵が、時代ごとに違う姿で使われる。

未装の色紙も、そう考えると位置づけが変わる。剥がされた状態で止まっている絵かもしれない。

探幽という人

作者についても触れておきたい。狩野探幽は、17世紀の狩野派を率いた画家である。

幕府の御用を務め、城や寺の障壁画を数多く手がけた。工房の規模も大きかったとされる。

大量の注文をこなすには、型と分担が要る。粉本を整え、弟子に写させ、要所を自分で描く。

工房が同じ顔を量産する仕組みは、
別のコラムでも扱った。

地域も時代も違うが、抱えていた課題は似ている。

昌運という人

もう一人にも触れておきたい。狩野昌運は、探幽より後の世代にあたる。

生没年は記録によって幅がある。所蔵館も、活動期を17世紀としか書いていない。

歌仙の色紙群が、まとまって残っているのが特徴である。つまり、小さな組物の注文を受けていた。

大画面を任される画家と、小画面を数多く作る画家。同じ派の中にも、仕事の分担があった。

手本を写すことは、盗作ではない

型についての誤解も解いておきたい。粉本を写すことは、当時は正当な学び方だった。

過去の名画を写して覚え、その蓄積の上で描く。独創は、写しの積み重ねの先にある。

現代の著作の考え方とは、前提が違う。だから、写しであることを理由に価値を下げる読み方は当たらない。

模写と原作の関係については、
別のコラムでも扱う。

水墨という選択

技法にも触れておきたい。探幽の山水は、ほとんど墨だけで描かれている。

濃い墨で近景の岩と樹を、薄い墨で遠景の山を示す。濃淡が、そのまま距離になる。

色を使えば、季節や時刻はもっと直接に示せる。しかし墨を選ぶことで、格式が生まれる。

中国の文人画に連なる形式だからである。つまり技法の選択は、教養の表明でもある。

誰に向けた絵かによって、使う材料が変わる。

見立て——型は、共有された記憶である

ここまでを整理したい。顔を知らない人物を描けるのは、型があるからである。

型は個人の記憶ではなく、工房と時代が共有する記憶である。だから何百年も前の歌人を、同じ姿勢で描ける。

型があるおかげで、注文は速くこなせる。型があるおかげで、見る側もすぐに読み取れる。

一方で、型は本人の顔を伝えない。歌仙の絵は、歌人の記録ではない。

記録と、記録に見えるものは違う。その区別は、別のコラムでも扱った。

二十四点の内訳

公開分の構成も確かめておきたい。狩野昌運は16点、狩野探幽は8点である。

昌運の作は、ほぼすべてが同じ寸法の色紙である。探幽の作は、掛軸、下絵、屏風と形式が分かれる。

つまり同じ派でも、残り方がまったく違う。組物としてまとまって入った例と、一点ずつ入った例である。

収蔵の経緯が、いま見られるものの姿を決めている。

暮らしへ——同じ大きさで、並べてみる

家でできることを書いておきたい。同じ大きさの紙を十枚ほど用意する。

そこに、知っている人の似顔を一枚ずつ描いてみてほしい。姿勢と背景は、全部同じにする。

十枚並べると、違いは顔と衣だけになる。狩野派の色紙が持っていた条件と同じである。

そして気づくはずである。姿勢を固定すると、描くのがずっと速くなる。

型は、手を抜くためではなく、数をこなすための道具である。

色紙は、いつ剥がされたのか

未装の色紙について、もう一点補いたい。剥がされた時期は記録されていない。

日本国内で剥がされたのか、海外へ渡ってからなのかも分からない。

分かるのは、いま単体で保管されているという事実だけである。

来歴の空白は、珍しいことではない。空白は空白として書いておきたい。

群として見ると、組が見える

最後に、見方をまとめておきたい。24点を寸法で並べ替えると、組物の輪郭が浮かぶ。

18.4×16.5センチが並ぶ群。113×39.4センチが並ぶ群。それぞれが元は一つの組である。

公開画像は、そのための道具である。寸法欄の数字だけで、組を復元できることがある。

そして、復元した結果は書き留めておきたい。数字の組み合わせは、覚えにくい。

一行の記録が、次に見るときの足場になる。

印と署名を、確かめる

最後に、読み方を補いたい。色紙には、署名と朱印がある。

しかし、印だけで作者を決めることはできない。

工房では、印の管理も分業の一部だった。

つまり、印は手がかりであって、証明ではない。

型を残すという仕事

最後に、工房の役割をまとめておきたい。粉本を整え、写させ、次の世代へ渡す。

つまり、型そのものを維持することが仕事である。

一人の画家の個性より、蓄積の継続が優先される。

その仕組みがあったから、数百年にわたって同じ派が続いた。

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