名画の楽しみ方

景色の名の隣に、作った会社の頭文字——19世紀の転写皿九点

コロンブス
ウィリアム・アダムズ・アンド・サンズ《コロンブス》1830年から1840年ごろ。館の記録では、転写で装飾した陶器。縦27.9センチ、横22.9センチ。題には、製造者の頭文字が三つ含まれる。番号は14.102.305。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・アダムズ・アンド・サンズ《コロンブス》メトロポリタン美術館蔵

楕円形の大きな器である。

白黒の写真で写される。

縁は、波形に成形される。

中央に、三人の人物が立つ。

いずれも、帽子をかぶる。

手前に、砂地が広がる。

左右に、椰子のような木が伸びる。

背後に、水面と山が見える。

小さな舟が、浮かぶ。

縁には、花と動物の模様が回る。

模様は、濃く密である。

楕円の器は、何に使うか

いま見た一点は、楕円形である。

直径ではなく、縦と横で測られる。

こういう器は、大皿として使う。

肉や魚を盛る。

食卓の中央に置く。

だから、模様も豪華になる。

縁に動物の飾りが入るのも、そのためだろう。

前の回で、用途が形を決める話をした。

焼き物では、それがいちばん分かりやすい。

人名を、題にする

いま見た一点の題は、人の名である。

景色の名ではない。

つまり、場面を描いた皿だ。

新大陸に着いた場面だろう。

前の回で見た九点は、すべて景色だった。

こちらは、歴史の一場面である。

そして、その題の下に会社の頭文字が入る。

書式は、景色の皿と同じである。

アメリカの海景
G・L・アシュワース商会《アメリカの海景》1862年から1880年ごろ。館の記録では、転写で装飾した陶器。直径20センチ。題には、製造者の頭文字と商会を示す語が含まれる。番号は14.102.309。メトロポリタン美術館蔵。G・L・アシュワース商会《アメリカの海景》メトロポリタン美術館蔵

丸い皿である。

白黒の写真で写される。

中央に、帆船が一隻浮かぶ。

帆は張られ、風を受ける。

船体は、右へ傾く。

その左に、小さな舟がある。

背後に、別の帆船が二隻見える。

海面には、波が立つ。

縁には、太い綱の模様が回る。

綱のあいだに、船と旗の飾りが入る。

模様は、海に関わるものだけで揃う。

海の景色という、主題

十九世紀の後半になると、主題が変わる。

町や建物の景色から、海や船へ移る。

これは、好みの変化だろう。

あるいは、元にする版画が変わったのかもしれない。

九点の中でも、いちばん新しい一点が海である。

年の欄は、1862年から1880年ごろ。

他の八点より、三十年ほど新しい。

主題の変化が、年の並びに現れている。

縁の模様が、主題に合う

いま見た一点の縁は、綱と船である。

中央が海の景色だから、縁も海で揃えた。

つまり、縁と中央が呼応している。

前の回で、縁の模様が窯を示す話をした。

こちらでは、主題に合わせて選ばれている。

同じ会社でも、揃いごとに縁を変える。

だから、縁だけで会社を決めるのは危うい。

裏の文字を読むほうが、確かである。

会社が、いまも続いている

九点の作者の欄を見ると、二点に現在まで、とある。

つまり、その会社はいまも営業している。

十九世紀に作られた皿の作り手が、まだいる。

これは、珍しいことではない。

英国の陶器の会社には、長く続くものが多い。

館の作者の欄は、活動期間をそう書く。

始まりの年と、現在まで。

前の回で、活動時期の欄の話をした。

会社の場合は、終わりがないこともある。

二百年を、一つの欄で示す

活動期間が現在まで、と書かれると、幅が大きくなる。

二百年を超える。

その幅の中で、年の欄はもっと狭い。

模様の種類や、裏の商標の形から絞る。

つまり、年の欄と活動期間は別々に決まる。

前の回で、二つの欄を突き合わせる話をした。

ここでは、片方が広く、片方が狭い。

狭いほうが、その品についての判断である。

頭文字が、なぜ小さいか

裏の枠の中で、会社の頭文字は小さい。

景色の名より、目立たない。

これは、順序の問題だろう。

買う人が知りたいのは、まず景色である。

会社の名は、その次でよい。

だから、大きさで序列を付ける。

前の回で、大きさが役目を示す話をした。

裏の小さな面の中でも、同じ工夫がされている。

記録が、順序を保つ

館の題は、刷られた順序をそのまま写す。

景色の名が先、会社の名が後。

あるいは、名前の途中に挟まる。

その位置まで、斜線で示される。

もし整理して書き直せば、順序が消える。

順序が消えれば、どちらが主かも分からなくなる。

前の回で、記録が形を残す理由を書いた。

ここでも、同じことが働いている。

読みにくさは、正確さの代償である。

館の札が、写真に入る

九点のうち何点かの写真には、札が写り込む。

皿の下に置かれた、白い紙である。

そこに、館の名と番号が印刷される。

つまり、撮影のときに一緒に写している。

こうすれば、写真と品物が結びつく。

古い時期の撮影では、よく行われた。

前の回で、番号の札の話をした。

写真の中の札も、同じ役目である。

そして、その写真がいま公開されている。

札まで含めて、記録になっている。

撮り直さない、という選択

古い白黒の写真を、そのまま使う。

これは、費用と手間の問題である。

何十万点もの所蔵品がある。

全部を撮り直すことは、できない。

そして、白黒でも形は分かる。

模様の配置も、景色の内容も読める。

分からないのは、青の色味だけだ。

つまり、必要な情報は伝わっている。

限られた資源の中での、判断である。

九点の大きさを、並べておく

九点の寸法を、小さい順に並べる。

直径10.8センチ。19.4センチ。20センチ。

22.9センチ。23.2センチ。25.4センチが二点。

26.7センチ。

そして、楕円の一点は縦27.9センチ、横22.9センチ。

つまり、手のひらから大皿まで揃う。

同じ揃いの中に、これだけの幅がある。

食卓の全部を、一つの意匠でまとめる。

そういう売り方だった。

頭文字を、読めるか

裏の頭文字は、小さい。

そして、点で区切られている。

読めても、それが何の略か分からない。

会社の名を知らなければ、通じない。

つまり、これは内輪の記号である。

売る側と、扱う側が分かればよい。

買う人が読む必要はない。

前の回で、読ませない文字の話をした。

商標の文字も、その一種である。

見て、覚えて、見分ける。

読むというより、識別する記号である。

RELATEDあわせて読みたい

名画の楽しみ方の記事一覧