画家を知る

黒は、面である——エドゥアール・マネ

動物と花——黒のない仕事

キング・チャールズ・スパニエル
エドゥアール・マネ《キング・チャールズ・スパニエル》1866年ごろ。麻布に油彩。縦46センチ、横38センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。エドゥアール・マネ《キング・チャールズ・スパニエル》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

犬が赤い座布団の上に座っている。

毛は白と栗色。耳が長く垂れ、目が丸い。

鼻先は黒く、口の周りが白い。

右下に白と黒の小さな球が置かれている。玩具だろう。

背景は暗褐色で、平らに塗られている。

日本犬タマ
エドゥアール・マネ《日本犬タマ》1875年ごろ。油彩・画布。縦61センチ、横50センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。左上に「TAMA」の文字がある。エドゥアール・マネ《日本犬タマ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは黒と白の犬である。

長い毛が房になり、尾が立っている。

顔は黒く、目のまわりだけ白い。

左上に金色の文字で「TAMA」と書かれている。名前である。

背後には赤褐色の壁と、斜めの棒のような形。

床には赤い衣を着た人形が転がっている。

つまり日本から来た犬の肖像である。

当時のパリでは、日本の品物が流行していた。

犬もその流行の一部として扱われたのだろう。

クリスタルの花瓶の花
エドゥアール・マネ《クリスタルの花瓶の花》1882年ごろ。油彩・画布。縦32.7センチ、横24.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。エドゥアール・マネ《クリスタルの花瓶の花》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな絵である。縦32.7センチ、横24.5センチ。

透明な花瓶に、花が数本生けられている。

白い薔薇、青い小花、赤い実のようなもの。

茎と葉が水の中で屈折している。

背景は灰色で、上下に色の差がある。

筆は速い。花弁は一筆ずつ置かれている。

晩年の小品で、こうした花の絵が数多く作られた。

理由は体調である。

晩年、この画家は病により長時間立って描くことが難しくなった。

小さな画布に、机の上の花を描く。座って描ける主題である。

つまり主題の選択には、身体の条件が関わっている。

制作の条件が絵の内容を決めることは、他の画家にもある。

材料や道具の制約が主題を絞る例は、これまでの回でも繰り返し出てきた。

批評は、何を問題にしたか

この画家の作品は、当時しばしば批判された。

理由の一つは、仕上げの粗さである。

面が平らで、輪郭が硬い。中間の階調が省かれている。

もう一つは、主題の扱いである。

物語を語らず、感情を説明しない。

見る側が「これは何の場面か」と問うても、答えが与えられない。

つまり絵が説明を拒んでいる。

近代の絵画が主題の説明から離れていく過程で、
この画家の作品はしばしばその出発点として語られる。

ただし、本人がそう宣言したわけではない。

後の世代が、そう位置づけたのである。

評価の枠組みは、作品より後から作られることが多い。

見立て——黒は、面である

まとめておきたい。

この画家の黒は、影の色ではない。

服の色であり、同時に画面を構成する面である。

面としての黒には、三つの働きがある。

一つ、輪郭を消す。隣の黒とつながって大きな形になる。

二つ、画面を締める。端に置けば構図が安定する。

三つ、他の色を際立たせる。少量の赤や白が強く見える。

つまり黒は、暗さのための色ではなく、構成のための色である。

17世紀のオランダでも、黒は主要な色だった。

その扱いについては別のコラムで触れた。

黒い服を描く技術は、時代を越えて受け継がれている。

黒の絵具は、扱いが難しい

技術の面も補っておきたい。

黒い絵具は、他の色より乾きが遅いものが多い。

骨を焼いた黒はとくに遅く、上に色を重ねると割れの原因になる。

だから黒を大きな面に使う画家は、層の順序に注意する必要がある。

下地に黒を厚く置くと、後の層が動く。

現存する作品に細かい割れが見えるのは、その影響もある。

材料の性質が、数百年後の見え方を決めている。

黒を主役にする絵は、保存の面でも挑戦だったことになる。

公開分の内訳

最後に、公開分の構成を確かめておきたい。

21点のうち、人物を主題にした作品が半分以上を占める。

静物は数点、動物の絵が二点である。

風景はほとんど含まれていない。

つまり都市の人と物が主題になっている。

屋外の光を追った同時代の画家とは、対象が違う。

黒が多いのは、その対象の選択から来ている。

主題の場所が色の傾向を決めるという点は、繰り返し確かめておきたい。

暮らしへ——黒い服を、光の下で見る

最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。

黒い服を一枚、明るい窓辺に持ち出してみてほしい。

同じ黒に見えていた面に、差が出る。

肩は青みを帯び、襞の奥は茶色く、擦れた部分は灰色になる。

黒は一色ではないことが、目で確かめられる。

写真を撮るなら、黒い服の人を明るい壁の前に立たせてみる。

輪郭が締まり、顔が浮き上がる。

百五十年前の画家がやっていた設計と、同じことである。

もう一つ。黒い服の写真を、白黒に変換してみてほしい。

黒の中の差が、色を外すとかえって見えやすくなる。

明度だけを見る訓練になる。

黒を扱う画家がやっていたのは、この明度の判断である。

そして、黒い服の人の背後に白い面を置いてみてほしい。

輪郭が締まり、形が図として立ってくる。

黒を面として扱う設計が、そのまま確かめられる。

群として見ると、黒が見える

最後に、見方をまとめておきたい。

21点を並べ、黒の面積で分類してみる。

黒が主役の絵、少量の黒が効いている絵、黒のない絵。

三つに分けると、黒の役目がはっきりする。

色で分類する作業は、画家の設計を読む早道である。

公開画像は、そのための道具である。

黒の面積を目で測り、分類することができる。

展示室では、一点ずつ順に見るしかない。

色で分けて並べ直す作業は、画像の側でしかできない。

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