幅13センチの絵——奥村政信と紙の判型
問い——紙の形は、絵の中身をどう変えるのか
ここから本稿の問いに入りたい。
同じ絵師が、横長の紙にも、細長い紙にも、絹にも描いている。
形が変わると、何が変わるのか。
姿勢、人数、視線の動き、そして絵の値段である。
以下、判型ごとに見ていきたい。
先に結論を書いておく。
判型は、絵の内容を選ぶ。何人描けるか、どんな姿勢が入るか、文字を置けるか。
そして、どこに飾られ、いくらで売られるかまで決めている。
横長の紙は、場面を語る
まず横長である。

墨一色の版画である。色は無い。
右手前に女性が座り、脇息にもたれて本を開いている。
顔は上を向き、口が半分開いている。何かを思い出している表情である。
膝の前に低い机。書物と硯箱が置かれている。
背後は障子と欄間。左に丸い香炉と、置かれた冊子。
左端に縦書きの文字と、二つの印がある。
主題は物語の作者を思わせる図である。机に向かう女性という設定を借りている。
古典の人物を当世の姿に置き換える趣向は、この時代の版画によく見られる。
横長の紙は、こうした設定を示すのに向いている。
人物のまわりに、机、書物、障子、香炉と、物を並べられるからだ。
物が場面を説明する。だから横長は「状況の絵」になる。
見立てという趣向も、少し説明しておきたい。
古典の人物や場面を、当世の姿に置き換えて描く遊びである。
見る側は、元の話を知っていることが前提になる。
読者に教養を要求する絵であり、同時にそれを笑いに変える絵でもある。
高い教養の対象を町の姿にすることで、権威を軽くする効果もあった。
墨一色の紙にこの趣向が乗っていることは、覚えておきたい。
安い商品が、必ずしも単純な内容ではなかったということである。
この一枚の署名も見ておきたい。
左端に縦書きで名が入り、その下に二つの印が並ぶ。
一つは絵師の印、もう一つは版元の印と考えられる。
自分の店で出した絵だから、両方が同じ人を指している可能性もある。
断定できる資料は確認していないが、署名の位置と大きさは主張の強さを示している。
絵の中に商標を置く発想は、この時代からあった。

こちらも横長である。
女性が四人、床に座っている。手前に膳と器、扇が散らばる。
四人の視線はそれぞれ別の方向を向いている。
着物の模様は線で細かく描かれ、一部に淡い彩色がある。
輪郭線が太く、面が広い。初期の版画に共通する作りである。
人物が四人入るのは、横長だからである。
同じ人数を細長い紙に入れれば、体が重なって顔が隠れてしまう。
判型は、登場人数の上限を決めている。
さらに言えば、視線の動きも決まる。
横長では、目は左右に往復する。人物の顔を順に追う読み方になる。
縦長では、目は上下に移動する。顔から裾へ、一方向に流れる。
同じ人物を描いても、読まれ方が変わる。
判型は容器であり、同時に読む順序の指示書でもある。
紙の縦横比を測ってみると、この二枚は約一対一・四である。
先の柱絵は約五・五対一。細判は約二対一。
比率の違いが、そのまま構図の違いになっている。
縦長の紙は、一人を立たせる
次に縦長である。

縦31.8センチ、横15.6センチ。細判と呼ばれる判型である。
女性が一人、立っている。
体は緩く前に傾き、顔は左下を向く。
橙色の上衣に、扇と草花の模様。裾が足元で渦を巻く。
右上に題と落款の枠がある。左下に署名と印。
所蔵館の記録は、この彩色を「丹絵」と書いている。
丹は鉛を含む橙色の顔料で、筆で塗られた。
もう一つ、記録に重要な一文がある。これは三枚続の中央の一枚だという。
つまり左右にもう二枚あり、三枚並べて一つの画面になる。
細長い紙を並べて大きな画面を作る方法は、後の世代でさらに使われた。
群像を横に並べる工夫は別のコラムで扱っている。

同じ細判の、別の一枚である。
黒い馬に、鎧を着けた武者が乗っている。
兜には長い飾りが付き、背に矢を負う。手綱を強く引いている。
上部に松の枝と、金色の粉を撒いた雲。
下端に文字の並ぶ枠がある。役者の名と、絵師の名が入る。
所蔵館の記録は技法を「漆絵」と書いている。
墨に膠を加えて艶を出す方法で、漆のように光る。
鎧や馬具の黒が、他の黒より深く見えるのはそのためである。
摺りは墨だけ。艶と金の粉は、あとから加えられている。
ここまでの三枚で、技法の呼び名が三つ出てきた。
墨摺絵、丹絵、漆絵である。
いずれも摺りは墨で、色や艶は手作業で足されている。
なぜ摺らなかったのか。色板を正確に重ねる仕組みが、まだ無かったからである。
紙を同じ位置に置くための刻み目が広まるのは、後の時代になる。
その技術が入って初めて、多色摺の錦絵が成立した。
錦絵の成立については別のコラムで扱った。
つまりこの三十年ほどの版画は、色を摺れない時代の工夫の集まりである。