美術史・技法

同じ図案が、青銅と鉄で作られる——ラファイエット侯の記念章

年の欄に、八十年の幅がある

いま見た一件の年の欄は、1800年から1883年とある。

八十三年の幅だ。

九件でいちばん広い。

なぜ、これほど広いのか。

作られた年が分からないからである。

上限の1883年は、館に入った年だ。

それより前に作られたことは確かである。

下限の1800年は、様式や題材からの推定だろう。

つまり、館に入った年が年の欄の上限になっている。

前の回の記事で、年の欄の留保の書き方を何度も見てきた。

これは、そのもっとも大まかな形である。

分からないときは、確実に言える範囲だけを書く。

九件が、同じ一つの寄贈から来る

九件の出所の行は、一字も違わない。

ある人の寄贈、1883年。

番号も、いずれも同じ二つの数字で始まる。

そのあとの枝番だけが違う。

18、42、93、308、309、317、318、377、423、436。

つまり、一つの寄贈の中から選んでいる。

その寄贈には、四百を超える点数が含まれていた。

記念章を、それだけ集めた人がいたのだ。

館の記録は、その収集の性格を書かない。

しかし、主題を並べれば見えてくる。

ワシントン。ラファイエット。ピアース。

アメリカの建国に関わる人物ばかりである。

前の回の記事で、群の性格を番号から読む話を何度か書いた。

フランクリン・ピアースの記念章
サラシエル・エリス、ジョゼフ・ウィルソン《フランクリン・ピアースの記念章》1853年。館の記録では、青銅。直径6.4センチ。番号は83.2.436。メトロポリタン美術館蔵。サラシエル・エリス《フランクリン・ピアースの記念章》メトロポリタン美術館蔵

褐色の円い板である。

中央に、男性の横顔が浮き出る。

顔は左を向く。

髪は豊かで、耳を覆う。

こめかみから頬にかけて、髭が伸びる。

首もとに、高い襟と結び目が見える。

顔の上に、文字が弧を描いて並ぶ。

縁に沿って、長い語が続く。

下辺に、四桁の年が刻まれる。

その右に、小さな署名がある。

浮彫は高く、頬と鼻に光が集まる。

地の表面に、細かい斑が散る。

直径だけで、形は分からない

九件の寸法の欄は、八件が直径だけである。

厚さが書かれていない。

重さも書かれていない。

前の回の記事で、鐔の記録に重さがあったのを見た。

あちらは、九点のうち八点に重さがあった。

こちらは、一件もない。

同じ館の、同じ金属の円い品でありながら、欄の顔ぶれが違う。

部門が違うからだろう。

武具の部門と、北米の部門で、記録の方針が違う。

どちらが正しいということはない。

ただ、比べようとすると、そこで止まる。

重さの欄がなければ、重さは比べられない。

欄の有無が、比較の範囲を決めている。

番号の枝が、群の並びを示す

九件の番号の枝を、小さい順に並べてみる。

18、42、93、308、309、317、318、377、423、436。

そのうち三件が、308、309、317、318と近接する。

308と309は、同じ人物を主題とする二件だ。

317と318は、同じ図案を二つの金属で作った二件である。

つまり、番号が近い件は、内容も近い。

寄贈された時点で、主題ごとにまとめられていたのだろう。

館は、その並びをそのまま番号にした。

並べ替えずに、受け取った順で振っている。

前の回の記事で、番号の順が受入の順を示す話を何度も書いた。

ここでは、その順が収集者の整理の順を映している。

番号を読めば、収集者の分類まで見えてくる。

一件ずつでは、決して見えない。

記念章という単位

九件を並べ終えて、この品の性格を考えたい。

記念章は、出来事を記録するために作られる。

条約が結ばれた。人が訪れた。船が救助した。

その事実を、金属に刻んで残す。

紙は燃え、布は朽ちる。

金属は、残る。

だから、記録の媒体として選ばれた。

そして、複製できる。

同じ出来事の章が、何十枚も配られる。

美術館は、それを一点ずつ数える。

同じ図案の二件が、別々の番号を持つ。

前の回の記事で、同じ版の版画について同じことを書いた。

複製できるものを、どう数えるか。

その問いは、分野を越えて繰り返し現れる。

何人が、一枚に関わったか

九件の作者の欄には、十二の名がある。

三件で二人、六件で一人。

しかし、記念章を作るには、いくつもの仕事が要る。

図案を描く仕事。

型を彫る仕事。

金属を鋳るか、打ち出す仕事。

仕上げ、めっきをする仕事。

記録に残るのは、型を彫った人だけである。

縁に小さく刻まれた署名が、その根拠だろう。

署名を入れる資格を持つ人が、作者として残る。

前の回の記事で、名が残る条件を何度も見てきた。

材料が金属であるほど、この構造ははっきりする。

刻めるものには、名が残る。

刻めないものには、残らない。

最後に、九件の年の欄をまとめておく。

1822年、1824年、1830年が二件、1853年、1854年、1859年。

そして、八十年の幅を持つ一件。

作られた年が一年で書ける件が、八件ある。

記念章は、出来事に結びついている。

だから、年が特定しやすい。

面に年が刻まれている件も多い。

絵画では、年の欄が幅を持つことが普通だった。

同じ館の中で、分野によって年の精度がまるで違う。

精度を決めるのは、その品の性格である。

九件の写真を、もう一度並べて見てみる。

いずれも、灰色の地の上に置かれ、上から撮られている。

影は薄く、浮彫の立体感が伝わりにくい。

記念章は、光の角度で見え方が変わる。

斜めから光を当てれば、浮彫が立つ。

正面から均等に照らせば、平らに見える。

館の写真は、後者に近い。

記録としては、そのほうが正確である。

見るための写真と、記録のための写真は違う。

九件の写真は、記録のためのものだ。

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