美術史・技法

墨一色から始まった——菱川師宣の墨摺絵

線の太さが、素材を分ける

まず線である。

先の《揚屋町の入口》をもう一度見てほしい。

建物の柱と屋根は、細く均一な線で引かれている。定規を当てたような線である。

一方、人物の輪郭は太く、抑揚がある。

袖口や裾では線が膨らみ、指先では細く消える。

同じ黒でも、太さを変えるだけで木と布が分かれる。

顔の描き方も見てほしい。

輪郭は一本の細い線で、目と口は短い線で示される。

眉は薄く、鼻はほとんど省かれている。

線が少ないほど、見る側が想像で補う余地が増える。

美人画の顔がのちに型として固まるのは、この省略が受け継がれたためだろう。

一方で、着物の模様は執拗に描かれている。

顔を省き、衣を描き込む。この比重の置き方が、浮世絵の見せ場を決めた。

着物の模様は、細い線の反復で示されている。

丸い紋、格子、縞。塗り分けではなく、線の間隔で濃さを作っている。

これは筆で描く絵の作法ではない。彫って摺る前提の設計である。

黒い面を、どこに置くか

次に黒い面である。

髪、帯、履物、そして荷物。この四つが黒く塗られている。

画面の中で、黒は少ない。しかし配置に規則がある。

人の頭がすべて黒いため、視線は自然に人物の列をたどる。

黒い面が点在することで、画面に拍が生まれる。

色がない分、黒の分量が構成の道具になっている。

工程のことも押さえておきたい。

絵師は版下絵を描く。彫師がそれを版木に貼り、線を残して周りを削る。

摺師が墨を置き、紙を伏せて擦る。

つまり絵師の筆はそのまま紙に残らない。彫師の刃に一度置き換えられる。

線に抑揚があっても、それは彫った抑揚である。

墨摺絵の線が硬く均一に見えるのは、この工程のためでもある。

逆に言えば、彫れない線は描いても消える。

絵師は最初から、彫れる線で考える必要があった。

紙も条件の一つである。

和紙は繊維が長く、水に強い。何度も擦っても破れない。

墨は繊維の中まで入るので、面が均一に沈む。

洋紙に同じ版木を当てても、この沈み方は出ない。

材料と工程と線の性質は、ひとまとまりで考えるほかない。

吉原の屋内の場面
菱川師宣《吉原の屋内の場面》1680年ごろ。木版摺、紙に墨。縦25.7センチ、横38.6センチ。メトロポリタン美術館蔵。菱川師宣《吉原の屋内の場面》メトロポリタン美術館蔵

屋内を描いた一枚である。

左に大きな屏風。漢字が縦に書かれ、中央に「獨」の一字が大きい。

その前に三味線を弾く人物と、扇を持って立つ女性。

中央には膳が並び、人が輪になって座っている。杯を持つ手が見える。

右奥に僧形の人物が二人。手前の縁側を、盆を持った女性が歩いている。

右端に梅の木。花が点で示されている。

ここでも黒は限られている。髪、屏風の文字、帯、そして数か所の小物だけである。

屏風の文字が黒の塊として効いていて、画面の左端を締めている。

人物の配置も見ておきたい。

輪になって座る人々の頭が、緩い楕円を作っている。

その楕円の外に、立っている人物が三人置かれている。

座る人と立つ人を分けることで、画面に高さの差が生まれる。

色を使わずに前後を示す方法は、こうした配置の工夫に頼ることになる。

視線の順序も設計されている。

まず屏風の黒い文字に目が行く。次に立っている女性、それから座る人の輪。

最後に右端の梅へ抜ける。左から右へ、時間が流れるように読める。

絵巻の読み方が残っている構成だと考えている。ここは解釈である。

画面を、斜めに割る

三つめは画面の分け方である。

この時代の版画は、建物を斜めから見た形で描く。

正面ではなく、平行な斜線で奥行きを示す。

線は奥へ行っても細くならず、幅も縮まない。

つまり一点に集まる遠近法ではない。

この方式だと、部屋の中と外を同じ画面に並べられる。

江戸吉原遊里之図 第十二図
菱川師宣《江戸吉原遊里之図 第十二図》17世紀後半。木版摺、紙に墨と彩色。縦25.4センチ、横38.1センチ。メトロポリタン美術館蔵。画像の上端に撮影用の濃度標が写り込んでいる。菱川師宣《江戸吉原遊里之図 第十二図》メトロポリタン美術館蔵

上段に三つの部屋、下段に通りが描かれている。

部屋の中では人が集まり、楽器を弾く者、話す者がいる。

通りには十人以上が歩いている。荷を担ぐ者、連れ立つ女性、子ども。

上下二段に切り、あいだを縁側の横線で仕切っている。

人数を数えてみると、上段に十数人、下段に十数人いる。

一枚の紙に三十人近くが描かれている。

一人ひとりの顔は数本の線でできている。目は短い横線、鼻は小さな鉤である。

それでも、向いている方向と姿勢で人物が描き分けられている。

省略の度合いを一定に保つことが、群像を成立させている。

このやり方は、後の世代にも引き継がれた。

群像の並べ方については別のコラムで扱っている。

一人を大きく見せる方向へ進むのは、さらに後の時代である。

顔だけを紙いっぱいに描く大首絵はこちらのコラムで扱った。

初期の版画は逆に、人を小さく、数多く描いている。

都市を見せる絵だったからである。

同じ画家の中でも、屋内の絵では人が大きく、通りの絵では小さい。

主題に応じて縮尺を変えている。一定の様式に縛られていない。

一枚の紙に、屋内と屋外を同時に見せる構成である。

なお、この画像には上端に濃度標が写り込んでいる。記録用の撮影がそのまま公開されているためだ。

作品の一部ではないので、見るときは省いてほしい。