草を描くことは、余白を決めること——梁楷・探幽・ドービニーほか九点
一隅の葦、鴨のそばの数本、白鷺の背後。九点のうち四点で、草は画面の一部だけを占め、残りは空白だった。草の一本ずつを数えられるのは東アジアの四点で、西洋では草は塊か短い線の集まりである。草を描くことは、描かない場所を決めることでもある。

画面の隅にだけ、葦がある
小さな正方形に近い画面である。
画のみで23.4×23.5センチしかない。
絹の地は茶色く沈んでいる。
画面の左下の隅に、岩がある。
岩は薄い墨でぼかされ、輪郭が柔らかい。
その岩から、細い茎が何本も伸びる。
茎はまっすぐではなく、上でわずかに垂れる。
先には、穂がある。
穂は細かい点の集まりで表される。
葦である。
葦の根元に、鳥が二羽いる。
一羽は水の中に立ち、首を縮めている。
もう一羽は、その後ろで頭を下げる。
体は薄い墨で、輪郭線がほとんどない。
そして画面の右上には、何も描かれていない。
絹の地が、そのまま残されている。

館の記録では、これはもと画帖の一葉で、いまは掛幅に仕立て直されている。
作者は宮廷の画家として仕えた時期がある。
その才を認められ、画家に与えられる最高の栄誉を受けたという。
しかし、その地位を離れ、寺での簡素な暮らしを求めた。
館の記録は、そう書いている。
そして構図についても説明がある。
一隅の構図と呼ばれる作り方である。
片側を空白のまま残すことで、空間の広がりを感じさせる。
館の記録は、そう読んでいる。
つまり、この葦は隅にあることに意味がある。
そして館は、この作者の描き方についても書いている。
省略の多い様式と、墨一色の表現の強さが、禅の理念を体現すると理解されてきた。
そしてそれは、のちの仏教の画家たちに受け継がれたという。
館の記録は、そう説明している。
つまり省くことが、この画面の内容である。
葦の本数も、少ない。
数えれば十本に満たない。
その少なさで、水辺という場所が示されている。
そして表装を含めれば、全体は108センチになる。
画そのものは23センチ四方しかない。
小さな面が、長い軸の中ほどに据えられている。
草は、名前を持たないことが多い
この一葉を出発点に、葦と草の絵を九点数えていく。
葦や薄のような草は、木ほど個体として扱われない。
一本ずつではなく、群れとして描かれる。
そして多くの場合、水辺にある。
先に言ってしまうと、九点のうち、葦が水辺に群れているのは五点である。
二点では、草は集められ、刈られる対象になる。
一点では、草は寓話の登場人物になる。
そして一点では、草は名の分からないまま画面を埋めている。
前の回で実が高さで読めることを見た。
草の場合、読めるのは密度である。
一本ずつ数えられるほど疎らか、数えられないほど密か。
その差が、画面の作りをそのまま表している。
鴨のそばに、葦が数本
二点目は、画帖の一葉である。

横長の小さな紙である。
21.3×27.3センチしかない。
画面の右下に、鴨が二羽いる。
手前の一羽は、体を横に向けている。
くちばしは平たく、前へ伸びる。
背中は濃い墨で塗られ、腹は白い。
奥の一羽は、首を持ち上げている。
その後ろに、葦が数本立つ。
茎は細く、上へまっすぐ伸びる。
葉は細長く、片側へ垂れる。
穂は付いていない。
画面の左半分には、何も描かれていない。
つまりこの一葉も、片側を空けている。
館の札は「鴨」の一語である。
葦は札に入っていない。
しかし題には、両方の名がある。
前の回で見た水鳥の絵では、鳥が主役だった。
こちらでも、館の分類では鳥が先に来る。
草は、鳥の居場所として数えられている。
墨の濃さも見ておきたい。
鴨の背中はもっとも濃く、葦はそれより薄い。
そして地面は、さらに薄い。
三段の濃さで、手前から奥へ並んでいる。
線の太さも三段に分かれる。
鴨の輪郭は太く、葦の茎は細く、地面の線はかすれている。
濃淡と太さの二つで、奥行きが作られている。
色は一切使われていない。
白鷺の後ろに、葦が茂る
三点目は、細長い掛幅である。

たいへん細長い掛幅である。
全体で196×61センチある。
画面の下のほうに、水辺がある。
地面は薄い墨で示される。
そこに白い鳥が一羽立っている。
首は長く、S字に曲がる。
くちばしは細く尖る。
脚は細く、水に浸かっている。
白鷺である。
その背後から、葦が高く伸びる。
茎は何十本もあり、画面の上まで届く。
葉は細長く、左右へ跳ねる。
穂は上のほうで垂れている。
墨の濃さは、手前ほど濃く、奥ほど薄い。
館の記録では、白鷺が塩性の湿地の岸を歩いている。
そこには葦が豊かに茂る。
作者は水鳥の主題に並ぶ者がなかったという。
そして、ある川の河口が観察と写生の場だったかもしれないと記録は書く。
さらに、館は主題の意味にも触れている。
この画家は自然を観察者の目で扱ったが、選んだ主題は伝統の記号でもある。
白鷺は学者の隠棲を、葦は謙虚と控えめを指す。
館の記録は、そう説明している。
つまりこの葦は、控えめであることのしるしとして高く茂っている。
高さと意味が、逆になっている。
そして掛幅の比も極端である。
高さ196センチに対し、幅は61センチしかない。
三倍を超える縦長である。
葦は、その縦の長さをそのまま使って伸びる。
もし横長の画面なら、葦は途中で切れてしまう。
判型が、草の丈を決めている。
白鷺の首がS字に曲がるのも、縦の空間の中で目を止めるためだろう。
屏風いっぱいに、草花が並ぶ
四点目は、大きな屏風である。