布に、文字を縫う——アン・チェイスの手本布ほか九点

大きな四角い布である。
地は、淡い桃色である。
画面いっぱいに、花と葉が広がる。
茎は、下から上へ伸びる。
花は、丸く大きく開く。
色は、赤と橙と褐色である。
葉は、羽根のように分かれる。
下の縁に、細い帯が横に走る。
帯の中に、細かい模様が並ぶ。
左上に、小さな文字が縫われる。
右上にも、文字がある。

横長の布である。
中央に、女性が立つ。
長い衣を着て、杖を持つ。
その左に、男女が座る。
女性は桃色の衣を着る。
足もとに、羊が何頭も散らばる。
いずれも白く、丸い。
背後に、緑の丘が続く。
左奥に、白い建物が見える。
上のほうに、木立が茂る。
糸の毛羽が、盛り上がって見える。
十五歳の仕事
いま見た一点の作者は、1755年の生まれである。
作られたのは1770年ごろ。
つまり、十五歳ごろの仕事になる。
九点の作り手の齢を並べると、十代が多い。
十二歳、十四歳ごろ、十五歳、十六歳ごろ。
つまり、学校を出る前の作品である。
前の回で、記録が齢を教える話をした。
ここでは、二つの欄の引き算で分かる。

縦長の額に入る。
中央が、楕円に切り抜かれる。
楕円の外は、黒である。
四隅に、金の飾りが付く。
楕円の中に、二人の人物がいる。
左の人物は、腰を下ろす。
右の人物は、杖を持って立つ。
足もとに、羊が数頭いる。
背後に、木と水面が広がる。
空は、淡い灰色である。
楕円の下に、小さな文字が二行入る。
額の中に、題と名を書く
いま見た一点は、楕円の下に文字がある。
布ではなく、額の面に書かれている。
題と、作り手の名だろう。
つまり、作品の外側に文字がある。
前の回で、額に文字を書く例を見た。
同じことが、ここでも行われている。
布の中に縫うか、額に書くか。
その選択が、作品ごとに違う。

大きな横長の布である。
中央に、数人の女性が集まる。
いずれも、長い衣をまとう。
一人は、赤い布を掲げる。
一人は、身をかがめる。
その足もとに、白い布に包まれたものがある。
左に、石の柱が立つ。
右に、水面と葦が見える。
背後に、建物と丘がある。
糸は太く、毛羽立つ。
色は、赤と桃色と緑である。
大きな布は、時間がかかる
いま見た一点は、いちばん大きい。
縦95.9センチ、横111.4センチ。
一平方メートルを超える。
これを、すべて糸で埋める。
どれだけの時間がかかっただろうか。
数か月、あるいは年単位だろう。
館の記録は、制作にかかった時間を書かない。
寸法の数字から、想像するしかない。
作り手の名が、残っている
九点のうち八点は、作り手の名が分かっている。
しかも、生没年まで記されている。
これは、めずらしいことである。
前の回で、作者不詳の絵をいくつも見た。
こちらは、名が残っている。
理由は、本人が縫い込んだからだ。
そして、家に伝わったからでもある。
誰の作か、家の中では分かっていた。
家に伝わるということ
こうした布は、売り物ではない。
家の中で作られ、家に飾られる。
そして、代々伝わる。
だから、誰の作かが忘れられにくい。
前の回で、追悼画が家に伝わる話をした。
同じ事情が、ここにもある。
館に入るときも、その情報が一緒に来る。
作者の欄が埋まるのは、そのおかげである。
文字を縫う、ということ
最後に、縫うという作業を考えたい。
書くのは、一筆で済む。
縫うのは、一針ずつ通す。
一文字に、何十針も要る。
つまり、時間がまったく違う。
その時間のあいだ、作り手はその文字と向き合う。
だから、覚える。
手本布が文字の練習である理由が、そこにある。
書くより、縫うほうが体に残る。
九点の年を、並べておく
九点の年を、順に並べる。
1721年。1754年ごろ。1770年ごろ。1777年。
1780年。1800年ごろ。1812年ごろ。1819年。1855年ごろ。
つまり、百三十年余りに散らばる。
そのあいだ、作り方はほとんど変わらない。
布に糸で図と文字を縫う。
そして、名と年を入れる。
変わったのは、主題と大きさである。
初期は文字が主で、後には絵が主になる。
文字が減り、絵が増える
いちばん古い一点は、文字が画面の半分を占める。
いちばん新しい一点は、文字がほとんどない。
つまり、時代とともに文字が減っている。
手本布から、刺繍絵へ移ったということだ。
練習のための布から、飾るための絵へ。
用途が変われば、文字の量も変わる。
前の回で、用途が形を決める話をした。
九点を年の順に並べると、その変化が見える。
額に入れて、掛ける
九点のうち六点は、額に入っている。
つまり、絵と同じ扱いを受けている。
布を張り、木の枠に収める。
そして、壁に掛ける。
館の寸法の欄は、布の大きさを書く。
額の大きさは、書かれないことが多い。
前の回で、額込みの寸法の話をした。
こちらでは、布だけが測られている。
額は、後から付け替えられることが多いからだろう。







