美術史・技法

作者の欄に、五十六人とある——伊賀上野の貼り混ぜ屏風ほか

技法の欄に、誤りがある

九件の技法の欄を字面のまま読むと、一件だけ形が崩れている。

紙に墨、と書くべきところが、墨と紙、になっている。

前置詞が入れ替わってしまったのだろう。

意味は通るが、他の八件と形が違う。

同じ館の同じ部門で、書き方が揃っていない。

前の回の記事でも、同じ種類の傷を見てきた。

数万点の記録を人が作れば、必ず起きる。

読む側は、静かに読み替えればよい。

そして、記録が完璧でないことを覚えておく。

近江八景図屏風
曽我蕭白《近江八景図屏風》1762年から1766年ごろ。館の記録では、六曲一隻、紙に墨。縦116.8センチ、横396.2センチ。番号は1994.566。メトロポリタン美術館蔵。曾我蕭白《近江八景図屏風》メトロポリタン美術館蔵

六つの面が、横に長く連なる。

淡い地に、薄い墨だけで描かれる。

左端は、ほとんど白い。

水面と靄が、区別なく広がる。

中央に、低い山が横たわる。

山の手前に、小さな家が数軒ある。

右へ行くほど、墨が濃くなる。

右端には、岩と木が集まる。

木の枝は細く、葉が点で表される。

九件でいちばん、縦横の比が極端である。

高さの三倍以上の横幅がある。

縦の寸法が、揃っている

九件の縦の長さを並べてみる。

116.8。139.7。149.9。156.8。166.4。

174.6。175.9。182.9。

多くが、百五十センチから百八十センチに収まる。

理由は、用途にある。

屏風は、座った人の視界を仕切る。

高すぎれば重く、低すぎれば役に立たない。

人の背丈が、その上限を決めている。

一方、横幅は百七十センチから七メートルまで散らばる。

面の数を増やせば、いくらでも長くできる。

縦は制約され、横は自由。

その非対称が、屏風という形式を作っている。

館の記録は、この事情を書かない。

九つの数字を並べれば、傾向は見えてくる。

一件だけ、縦が低い

九件のうち一件は、縦が116.8センチしかない。

ほかの八件より、三十センチ以上低い。

そして、横は396.2センチある。

縦の三倍を超える。

低くて長い屏風である。

こういう形は、置く場所が限られる。

窓の下や、低い仕切りとして使うのだろう。

館の記録は、用途を書かない。

数字だけを置く。

数字の比が、用途の推測を許している。

推測にとどめておくのが、正しい読み方だ。

縁の文様まで、写り込む

九件の写真を見ると、屏風の縁が写る件がある。

黒い地に、金の草の文様が並ぶ。

これは、屏風の枠を覆う裂である。

作品の一部と言えば、一部である。

しかし、技法の欄には書かれない。

寸法の欄も、絵の部分だけを測っている。

館は、絵を作品として扱っている。

枠は、それを支える構造にすぎない。

前の回の記事で、掛軸の表装について同じことを書いた。

日本の絵画は、支えの部分が大きい。

その扱いが、記録の中で一貫していない。

山水図屏風
曽我蕭白《山水図屏風》18世紀後半から19世紀初め。館の記録では、二曲一隻、紙に墨と金。縦156.8センチ、横173.7センチ。番号は1996.104。メトロポリタン美術館蔵。曾我蕭白《山水図屏風》メトロポリタン美術館蔵

二つの面が、横に並ぶ。

淡い地に、水墨で描かれる。

左の面に、大きな滝が上から落ちる。

滝は白く抜かれ、両側の岩が黒い。

滝の下に、水が広がる。

右の面には、楼閣が建つ。

屋根が二層に重なり、反り上がる。

その手前に、松が横へ張り出す。

松の幹は曲がり、枝が低い。

上部は白く、霞が広がる。

周囲の縁に、黒地に金の草の文様が回る。

主題が、物語から来る

九件の題を並べてみる。

源氏物語の場面。平家物語の合戦。

七福神と唐子。琴棋書画。近江の八景。西湖。

いずれも、よく知られた主題である。

屏風は、部屋を仕切り、背景になるものだ。

見る人がすぐ分かる主題が選ばれる。

新しい主題を持ち込む場ではない。

そのかわり、同じ主題が何度も描かれる。

館の収蔵品にも、同じ題の屏風が複数ある。

前の回の記事で、同じ図を二度作る話を何度か書いてきた。

屏風では、それが数十年、数百年にわたって続く。

反復こそが、この形式の性格である。

一つの屏風に、何人が関わったか

九件の作者の欄を見直してみる。

個人の名が五件、流派の名が三件。

そして、人数だけの一件。

しかし、屏風は絵だけでできていない。

木の枠を組む人がいる。

紙を漉き、下地を貼る人がいる。

金箔を置く人がいる。

蝶番の紙を継ぐ人がいる。

そして、襖から仕立て直した三件では、その職人がいる。

いずれの名も、記録にはない。

作者の欄に入るのは、絵を描いた人だけである。

五十六人と書かれた一件でも、五十六人は絵と書の人である。

貼り混ぜた人の名は、そこにない。

九件を閉じて、いちばん残るのはやはり五十六という数である。

作者の欄に、数字が置かれている。

名を書かないという判断が、そこにある。

書かないことで、五十六人がひとまとまりになった。

まとまりの名は、その屏風が作られた土地の名である。

土地の文人たちの寄せ書きが、一つの品になった。

記録は、その成り立ちを人数で示している。

最後に、屏風という形式そのものについて書いておきたい。

折りたためるから、しまえる。

しまえるから、季節ごとに掛け替えられる。

立てれば自立するから、壁がなくても使える。

絵を飾るためではなく、部屋を作るための道具である。

その道具に、これだけの絵が描かれてきた。

美術館は、それを壁に沿って立てて展示する。

もとの使い方とは、置かれ方が違う。

館の記録は、置き方を書く欄を持たない。

寸法と材料と作者だけが、欄に並ぶ。

どう使われていたかは、記録の外にある。

外にあるものを、こちらで補って読む。

補うときには、補ったと分かるように書く。

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