技法の欄が、一語で終わる——シカゴ美術館の彫刻十点
大理石。木。石膏。テラコッタ。彫刻の技法の欄は、材料の名だけで終わることが多い。絵画のように支持体と絵具を重ねて書く必要がないからだ。短い欄が何を決め、何を書き落とすのかを読みたい。受入の年は、九十年に散らばっている。

技法の欄が、一語で終わる
大理石。
木。
石膏。
テラコッタ。
象牙。
青銅。
石灰岩。
十点の技法の欄には、これだけの語が並ぶ。
多くは一語で終わる。
絵画の技法の欄なら、支持体と絵具の二つが要る。
板に油彩、カンヴァスにテンペラ、というふうに。
彫刻では、材料が一つあればよい。
支持体という考え方がないからである。
材料が、そのまま作り方を決める
彫刻の材料は、作り方と直結する。
石は削る。木も削る。
どちらも、あるものを減らしていく作業だ。
粘土は盛る。石膏も型に流す。
こちらは、足していく作業である。
青銅は、型に流し込んで冷やす。
減らす仕事と、足す仕事。
材料の名を見れば、どちらかが分かる。
十点のうち、削るものが六点。
足すものが四点である。
館の記録は、その区別を書かない。
書かなくても、材料の名から読める。

十点でいちばん古い作品である。
石を彫った頭部で、首から下はない。
顔は正面を向き、やや上を見る。
髪は太い巻き毛が幾重にも重なる。
髭も同じように巻き、顎の下で分かれる。
眉は太く、弧を描く。
目は大きく開き、瞳の位置が彫り込まれる。
鼻は欠けており、断面が見える。
口は閉じ、唇が厚い。
石の色は淡い灰褐色で、表面がざらつく。
左の頬から耳にかけて、欠けがある。
台は金属で、後から付けられたものだ。
作者の欄には、国と都市の名だけが入る。
高さだけを書く、四点
十点の寸法の欄を並べると、書き方が三通りある。
高さだけを書くものが四点。
縦と横を書くものが三点。
縦と横と奥行きを書くものが三点。
彫刻は立体だから、本来は三つの数字が要るはずだ。
それでも高さだけで済ませる例がある。
なぜか。
台の上に置いて見る立像では、高さが最も分かりやすい。
横幅は、腕の開き方で大きく変わる。
奥行きは、正面から見ても分からない。
高さ一つで、展示の場所は決められる。
必要な数字だけを書く、という考え方だろう。

白い大理石の胸像である。
若い男が、頭に兜をかぶる。
兜は前が高く立ち上がり、後ろへ流れる。
その下から、巻き毛が幾筋も出る。
顔は右を向き、目は前を見る。
鼻筋は通り、口は結ばれる。
首は太く、胸まで彫られる。
上半身は裸で、肩の線が丸い。
胸の下で、水平に切り取られる。
その下に、円い台座が付く。
台座には、細い縁の彫りが回る。
石は白く、表面がなめらかに磨かれる。
光が当たる面と影の面の差が、はっきり出る。
十点の出所の行
十点の出所の行を数えると、九通りある。
個人からの寄贈が三点。
基金による購入が四点。
収集家の名を冠したコレクションが一点。
そして、複数の基金と個人を並べた長い行が二点。
うち一点は、行の中に八つ以上の名が並ぶ。
夫妻の名、財団の名、そして五つの基金の名。
一点の胸像を買うのに、これだけの主体が関わっている。
前の回の記事で、長い出所の行をいくつも見た。
近年の購入では、こういう行が珍しくない。
行の長さが、そのまま買値の重さを示すこともある。
受入の年が、九十年に散る
十点の番号の頭を並べる。
1889年、1893年、1894年、1937年、1942年、1944年。
1959年が二点、1985年、2004年。
最初と最後で、百十五年ひらく。
十九世紀末の三点は、いずれも寄贈である。
二十世紀後半以降の四点は、いずれも購入だ。
前の回の記事でも、同じ移り変わりを見た。
館が若いうちは、寄贈で収蔵品が増える。
年月が経つと、足りない部分を買って埋めるようになる。
十点の受入の年と、出所の行の型は、そのまま対応している。
年の並びを見るだけで、館の成長の段階が読める。
一点だけ、白黒の画像
十点の公開画像を並べると、一点だけ色がない。
灰色の階調だけで写された写真である。
背景も灰色で、影が壁に大きく落ちる。
他の九点は、いずれも色のある画像である。
なぜ一点だけ白黒なのかは、記録に書かれていない。
古い時期に撮られた写真が、そのまま使われているのだろう。
館の画像は、すべてが同じ時期に撮り直されるわけではない。
撮影の年代が違えば、写り方も変わる。
前の回の記事でも、画像の作り方の差に触れた。
記録の欄が同じ形式でも、画像はそろわないことがある。

木を彫った立像である。高さは一メートルを超える。
聖母が雲の上に立つ。
体はやや右へひねられ、顔は左上を向く。
両手を胸の前で合わせる。
衣は厚く、大きな襞が幾重にも巻く。
裾は風にあおられたように広がる。
頭の周りには、星を並べた輪が付く。
輪は金属で、後から取り付けられている。
足もとの雲には、小さな天使の頭が三つほど彫られる。
台座は四角く、白い箱の上に置かれる。
白黒の写真なので、彩色の有無は分からない。
作者の欄には、同じ名が二度書かれている。
一度は本人、もう一度は工房として。
作者の欄に、同じ名が二度
いま見た一点の作者の欄は、変わっている。
ある彫刻家の名と生没年。
そのすぐあとに、その彫刻家の工房、という語と同じ生没年。
同じ人物の名が、二回続けて書かれている。
本人か工房かを決めきれない場合の書き方だろう。
あるいは、記録を統合したときの重複かもしれない。
前の回の記事で、工房作の書き方をいくつも見た。
本人と工房を「または」でつなぐ形もあった。
こちらは、つなぐ語がないまま並んでいる。
読む側は、二つの可能性が示されていると受け取ることになる。
館の記録にも、こうした揺れは残る。