名画の楽しみ方

技法の欄が、一語で終わる——シカゴ美術館の彫刻十点

失われたプレアデス
ランドルフ・ロジャーズ《失われたプレアデス》1874年から1875年。大理石。館の記録では、高さ129.5センチとされる。番号は1889.8。シカゴ美術館蔵。ランドルフ・ロジャーズ《失われたプレアデス》シカゴ美術館蔵

白い大理石の立像である。

女性が、体を大きくひねって立つ。

右腕を頭の上へ回し、額に手を当てる。

顔は下を向き、目は伏せられる。

髪は結い上げられ、後ろへ流れる。

衣は薄く、体に貼りつく。

胸から腰まで、体の線が透ける。

裾は足もとで大きく広がり、渦を巻く。

足もとには、雲を模した塊がある。

その表面は丸く磨かれる。

背面の台には、署名と地名が刻まれる。

彫った人の名と、彫られた都市の名である。

署名に、都市の名が添えられる

いま見た一点の銘記の欄には、署名がある。

名前のあとに、ある都市の名が続く。

その都市で彫られたという意味だ。

十九世紀のアメリカの彫刻家は、しばしば欧州に工房を構えた。

大理石の産地に近く、腕のよい石工が雇える。

彫刻家が粘土で原型を作り、石工が石に写す。

そういう分業が成り立っていた。

署名に都市の名を添えるのは、その事情の反映でもある。

作者の欄には、彫刻家の名しか書かれない。

石を削った人の名は残らない。

前の回の記事で、版画の彫師の名が残る例を見た。

彫刻では、そうならないことが多い。

カレーの市民(ジャン・デール)
オーギュスト・ロダン《カレーの市民(ジャン・デール)》1889年に原型。石膏。館の記録では、縦208.3センチ、横66センチとされる。番号は1893.187。シカゴ美術館蔵。オーギュスト・ロダン《カレーの市民(ジャン・デール)》シカゴ美術館蔵

十点でいちばん背の高い作品である。

高さは二メートルを超える。

立った男の全身像である。

体は正面を向き、頭はやや下がる。

長い衣が肩から足もとまで垂れる。

衣の襞は太く、縦に深く刻まれる。

両腕は下へ垂らされ、手が前で組まれる。

手は大きく、指の関節が張る。

首には太い縄が巻かれる。

顔はこけ、頬骨が浮く。

材料は石膏である。

青銅にする前の段階の型だ。

年の欄には「原型」という語が添えられる。

年が、六百年に散る

十点の年を並べてみる。

1210年ごろ。1350年から1375年。1475年から1500年。

1583年ごろ。1710年から1720年。1742年。

1819年。1838年から1843年。1874年から1875年。1889年。

いちばん古い一点と、いちばん新しい一点で六百八十年ひらく。

その間に、材料の使われ方も変わっていく。

古い三点は、石灰岩、象牙、木である。

中ほどの二点は、青銅と木。

新しい五点は、テラコッタ、大理石、石膏。

十九世紀の三点は、いずれも彫刻家個人の名が分かる。

古い三点は、いずれも地名だけである。

年が新しくなるほど、作者の欄が具体的になる。

これも、前の回の記事で繰り返し見た形である。

「原型」と書く年の欄

いま見た一点の年の欄には、一語が添えられている。

原型を作った年、という意味の語である。

鋳造した年ではない。

石膏の像は、鋳造の前の段階にあたる。

粘土で作った形を石膏に写し、そこから青銅を鋳る。

だから石膏には、鋳造の年がない。

前の回の記事で、原型の年と鋳造の年を並べる例を見た。

こちらは、原型の年しかない。

材料が石膏である以上、そうなる。

年の欄の書き方が、材料と結びついている。

受胎告知
アレッサンドロ・ヴィットリア《受胎告知》1583年ごろ。青銅。館の記録では、縦101.3センチ、横61.3センチ、奥行き9.6センチとされる。番号は1942.249。シカゴ美術館蔵。アレッサンドロ・ヴィットーリア《受胎告知》シカゴ美術館蔵

青銅の浮彫である。

縦長の板に、場面が彫り出される。

奥行きは9.6センチしかない。

下部の右に、女性が跪く。

体をひねり、両手を胸の前へ寄せる。

その左に、翼のある人物が浮かぶ。

片手を上げ、女性のほうを向く。

衣は激しく波打ち、風をはらむ。

上部には、雲と小さな天使が幾体も重なる。

天使は上へ行くほど小さく、浅く彫られる。

手前の人物は深く、奥は浅い。

浮彫の厚みだけで、遠近が作られている。

表面は褐色で、光の当たる稜線が明るい。

浮彫は、絵と彫刻の中間にある

いま見た一点の寸法の欄には、三つの数字がある。

縦101.3センチ、横61.3センチ、奥行き9.6センチ。

縦横に対して、奥行きが極端に小さい。

つまり、ほとんど平面である。

それでも彫刻として扱われる。

正面から見ることを前提にしている点は、絵と同じだ。

しかし、光の当たり方で見え方が変わる点は彫刻である。

館の記録は、種別の欄で彫刻に分類する。

分類の判断は、材料と作り方によるのだろう。

前の回の記事で、屏風が絵画に分類される例を見た。

境目にあるものは、館の判断で振り分けられる。

キリスト伝の場面を持つ三翼板
ドイツ、ケルン《キリスト伝の場面を持つ三翼板》1350年から1375年。象牙、金の痕跡。館の記録では、縦25.7センチ、横17.5センチとされる。番号は1937.827。シカゴ美術館蔵。ドイツ《キリスト伝の場面を持つ三翼板》シカゴ美術館蔵

象牙を彫った小さな三翼の板である。

中央の板の左右に、翼が一枚ずつ付く。

蝶番でつながり、折りたためる。

いずれの板も、上部が尖った形をとる。

各面は上下二段に分かれる。

各段に、人物が数体ずつ彫られる。

いずれも尖った枠の中に収まる。

彫りは浅く、人物は重なり合う。

象牙の色は淡い黄褐色である。

表面に細かい罅が縦に走る。

技法の欄には、金の痕跡と添えられる。

もとは金で装飾されていたという意味だ。

いまは、わずかに残るだけである。

「かつて」と書く技法の欄

十点のうち二点の技法の欄には、過去を示す語がある。

一つは、金の痕跡。

もう一つは、かつて彩色され金が施されていた、という記述だ。

いずれも、いま見える状態が本来の姿ではないことを示す。

木の像は、もとは色が塗られ、金が貼られていた。

象牙の板も、金で縁取られていた。

それが失われ、素地だけが残っている。

館の記録は、その事実を技法の欄に書く。

書かなければ、素地のままの作品だと読まれてしまう。

前の回の記事で、支持体の移し替えを技法の欄に書く例を見た。

失われたものを書くのも、同じ考え方である。