赤い印が、十を超えて押される——項聖謨《白菊》ほか九点
葉の大きさが、二通りある
いま見た画帖の寸法は、二種類ある。
六葉が、縦32.5センチ。
十葉が、縦33.3センチ。
八ミリの差がある。
つまり、紙が揃っていない。
別々の時期に描いたのだろう。
あるいは、別の画帖から集めたのかもしれない。
館は、両方の寸法を書く。
差を消さずに残せば、あとで考えられる。

横長の一葉である。
地は、淡い褐色の紙である。
左から右へ、梅の枝が広がる。
幹は太く、墨が濃い。
枝は細かく分かれ、上下に伸びる。
花は白く、輪郭線だけで描かれる。
数百輪が、枝を埋める。
右上に、文字が三行入る。
その下に、赤い印が二つ並ぶ。
左下の隅にも、印が一つある。
墨の濃淡だけで描かれる。
十二葉のうち、四葉だけが残る
九点のうち一点は、画帖の一部である。
もとは十二葉あった。
いまは、四葉だけが館にある。
館の技法の欄が、そう書く。
十二葉の画帖からの四葉、と。
つまり、残りの八葉はどこかにある。
あるいは、失われた。
一つの作品が、分かれてしまった例である。

横長の小さな一葉である。
地は、褐色を帯びた絹である。
中央に、丸みのある山が横たわる。
山肌は、細かい点で埋まる。
墨は薄く、輪郭が柔らかい。
その手前に、水面が広がる。
水面には、何も描かれない。
左下に、小さな木立が見える。
下の縁に、細かい文字が並ぶ。
その脇に、赤い印が二つ押される。
余白が、画面の半分を占める。
手のひらに乗る、画帖
いま見た一点は、たいへん小さい。
縦11.7センチ、横14センチ。
手のひらに乗る大きさである。
そこに、山と水と木立が描かれる。
墨の点は、髪の毛ほどの細さだろう。
そして、印もごく小さい。
大きさに合わせて、印も選ばれている。
大きな印を押せば、画面が埋まってしまう。

横長の小さな一葉である。
地は、淡い褐色の紙である。
中央から右へ、岩が積み重なる。
岩肌は、細い線を重ねて描かれる。
その上に、木立が茂る。
葉は、点を重ねて表される。
左に、白い霞が横に流れる。
その上に、遠い山が薄く見える。
左上に、文字が三行入る。
その下に、赤い印が一つある。
右下の隅にも、印が一つある。
九点の年を、並べておく
九点の年を、順に並べる。
1308年、1540年、1591年、1611年から1612年。
1639年、1644年、1652年、1654年、1757年。
十四世紀が一点、十六世紀が二点。
十七世紀が五点、十八世紀が一点である。
十七世紀に集まっている。
この時期、画帖と巻物が多く作られた。
そして、収集が盛んになった。
集める人が増えれば、印も増える。
九点の赤い点は、その時代の姿でもある。
印は、絵の一部になっている
九点を見比べて、気づくことがある。
印の位置が、構図に合っている。
余白の空いた場所に押される。
そして、赤が画面の重心を決める。
墨だけの絵では、赤が唯一の色である。
だから、目が行く。
押す場所を間違えれば、絵が崩れる。
つまり、押すことも制作の一部である。
印を、どこまで押してよいか
後の持ち主が押す印は、難しい。
押しすぎれば、絵が見えなくなる。
実際、そうなってしまった絵もある。
九点のうち一点は、縁に十を超える印が並ぶ。
これは、多いほうである。
それでも、画面の中は避けられている。
節度が保たれている。
節度がなければ、絵は台無しになる。
印は、複製できる
印は、同じものを何度でも押せる。
一つ彫れば、生涯使える。
そして、贋物も作れる。
有名な人の印を真似て彫る。
前の回で、偽の署名の話をした。
印にも、同じことが起きる。
だから、印だけでは決め手にならない。
筆づかいや紙と合わせて判断する。
記録が、印を書かない理由
館の公開している欄には、印が現れない。
銘記の欄がない、というわけではない。
前の回まで見てきた西洋の絵には、あった。
こちらには、書かれていない。
理由は、たぶん量である。
一点に十以上の印がある。
全部を書けば、欄が埋まる。
そして、印の主を特定するには研究が要る。
そこまでは、公開の欄で扱いきれない。
見て、数えるしかない
だから、印は自分で見るしかない。
画像を拡大し、赤い四角を探す。
いくつあるか数える。
位置を確かめる。
文字が読めれば、読む。
前の回で、記録が写してくれた文字を読んできた。
こちらは、写されていない。
読む側が、直接向き合うことになる。
記録には、必ず届かない範囲がある。
押すという、行為
書くことと、押すことは違う。
書くのは、一回きりの動きである。
同じ線は、二度と引けない。
押すのは、同じ形を繰り返す動きだ。
力の入れ方で、濃さは変わる。
しかし、形は変わらない。
つまり、印は複製の道具である。
前の回で、複製と反復の話をした。
一枚の絵の中で、書と印が並ぶ。
一回きりのものと、繰り返せるものが同居する。
そこが、面白いところである。
赤い点を、数えてみる
九点の印を、あらためて数えてみる。
いちばん少ないのは、一つ。
いちばん多いのは、十を超える。
平均すれば、四つか五つだろう。
一つしかない絵は、まだ手が変わっていないのかもしれない。
あるいは、押さない主義の持ち主が続いたのか。
多い絵は、有名だったということだろう。
有名な絵ほど、人の手を経る。
赤い点の数が、その絵の履歴を示している。








