作品を知る

肩は、何かを載せる台である——懐月堂度繁・ピアッツェッタ・カトリンほか九点

肩ごしに振り返る遊女、棒を載せた肩、聖なる紐がかかる左肩。肩の九点を数えると、人の肩が写るのは四点で、四点とも肩の上に何かが載っていた。残りは肩甲と肩当、壺と茶葉入れの肩、そして砂に埋もれた巨人の肩だった。

振り返る立ち姿の遊女
懐月堂度繁《振り返る立ち姿の遊女》メトロポリタン美術館蔵

肩ごしに、振り返る

掛軸である。

絵の部分は129.5×45.1センチ。

縦に細長い。

女が一人、立っている。

顔は、画面の左を向く。

しかし体は、右を向いている。

首だけが、ねじれている。

そのねじれの起点が、肩である。

右の肩が、前に出る。

左の肩は、引かれている。

衣は、幾重にも重なる。

外側は、白地に太い縞。

縞は、斜めに走る。

内側に、赤と黒が見える。

裾が、大きく渦を巻く。

渦の中心は、足元にある。

帯は、前で結ばれていない。

後ろで結ばれているらしい。

手は、両方とも衣の中である。

袖口から、指先も出ていない。

背景は、無地である。

表装の裂には、波と菊の文様がある。

振り返る立ち姿の遊女
懐月堂度繁《振り返る立ち姿の遊女》1715年ごろ。館の記録では、掛軸・紙本着色。絵の部分は129.5×45.1センチ。番号は57.138.1。メトロポリタン美術館蔵。懐月堂度繁《振り返る立ち姿の遊女》メトロポリタン美術館蔵

館の札は「女性たち」の一つだけである。

肩という札はない。

しかし英語の題には、肩ごしという語が入る。

肩ごしに見る、という言い方である。

日本語では、振り返るで足りる。

肩は、言わなくてよい。

英語では、肩を経由しないと言えない。

振り返るという動作を、体のどの部分で説明するか。

そこに言語の差が出る。

そして館の記録は、英語で書かれている。

だから肩の語が残り、機械はそれを拾う。

九点の最初に、この一枚を置く理由である。

肩は、体のねじれが始まる場所である。

首から上だけでは、ここまでねじれない。

胴ごと回れば、振り返ったことにならない。

肩が半分だけ回るから、振り返る形になる。

この一枚では、衣の縞がそれを見せる。

縞の向きが、肩のところで変わっている。

棒を、肩に載せる

素描である。

紙は39.3×31.3センチ。

黒チョークに、白チョークで光を置く。

若い女の、胸から上がある。

顔は、右下を向く。

目は伏せられ、まつげが見える。

鼻筋は短く、頬は丸い。

口元に、笑みらしいものがある。

髪は、頭の上で結われる。

結び目に、白い布が巻かれる。

後れ毛が、頬の横に落ちる。

衣は、肩が大きく開く。

襟の線が、左右へ流れる。

右の肩が、ほとんど露出する。

その肩の上に、細い棒が載る。

棒は、画面を斜めに横切る。

右下から、左上へ。

手は、棒を握っていない。

肩に載せているだけである。

棒を肩に担いだローザの肖像
ジョヴァンニ・バッティスタ・ピアッツェッタ《棒を肩に担いだローザの肖像》1735年ごろ。館の記録では、黒チョークに白チョークで高光、ぼかし。紙の寸法は39.3×31.3センチ。番号は1931.59。クリーヴランド美術館蔵。ジョヴァンニ・バッティスタ・ピアッツェッタ《棒を肩に担いだローザの肖像》クリーヴランド美術館蔵

館の記録に、説明の文はない。

題と、材料と、寸法だけである。

ローザという名だけが与えられている。

この画家は、こうした頭部の習作を数多く残した。

売るために描かれたものも多い。

肩に棒を載せる形は、担ぐ姿勢である。

しかし、棒の先には何もない。

荷を吊るせば、農婦か行商人になる。

荷がないので、それは決まらない。

館も、そこには踏み込まない。

肩は、ここでは物を載せる台である。

平らで、幅があり、骨が支える。

体の中で、そういう場所は肩と頭しかない。

頭に載せる文化もあるが、この絵は肩を選んだ。

この画家は、ヴェネツィアで働いた。

館の分類も、イタリアの素描である。

チョークの素描は、売りやすい大きさで作られた。

この一枚も、額に入れて掛けるための寸法である。

担ぐことについては、担ぐと、体が傾くで扱った。

左の肩に、紐がかかる

細密画である。

絵の部分は11.5×10.3センチ。

上には、文字が八行ほど並ぶ。

絵の地は、濃い赤である。

画面の右に、玉座がある。

日除けの傘が、その上にかかる。

傘は、黄と青の縞である。

玉座に、男が座っていた。

いまは、立ち上がって降りている。

中央に、三人が立つ。

一人は、白い花の冠をかぶる。

海の王である。

その体には、腰布だけが巻かれる。

上半身は、裸である。

左の肩から、細い紐が斜めに下りる。

紐は、白い。

右の腰のあたりへ抜ける。

左端に、もう一人が立つ。

手に、数珠を持つ。

床は、緑と金の文様である。

人の姿となった海の王がラージャの宮廷に到着する(『鸚鵡物語』第十一夜より)
グラーム・アリー《人の姿となった海の王がラージャの宮廷に到着する》1560年ごろ。館の記録では、樹脂テンペラ・墨・金・紙。絵の部分は11.5×10.3センチ。番号は1962.279.92.a。クリーヴランド美術館蔵。グラーム・アリー《人の姿となった海の王がラージャの宮廷に到着する(『鸚鵡物語』第十一夜より)》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この紐について書いている。

聖なる紐である。

左の肩にかけるのが決まりである。

これは、高い生まれの印だという。

つまり、紐の位置が身分を示す。

右肩でも、首でもない。

左の肩でなければならない。

館はさらに、王の装いにも触れる。

細い白の上衣、袴、結んだ頭巾。

当時の皇帝が好んだ形である。

つまり、この絵の中では衣が人を区別している。

海の王は、腰布と紐だけ。

宮廷の王は、上衣と頭巾。

婆羅門も、腰布と紐である。

肩にかかる一本の紐が、それを決めている。

体の部分としての肩は、ここでは台にすぎない。

紐を落とさないための、傾きのある台である。

傾きがあるから、紐は斜めに落ちる。

斜めに落ちるから、遠くからでも見分けられる。

首にかければ、正面からしか見えない。

肩からかければ、横からも見える。

見せるための位置として、肩が選ばれている。

肩が、人の名になる

油彩である。

53.5×41.9センチ。

女の、胸から上がある。

顔は、正面をやや外れる。

髪は、中央で分ける。

分け目に、赤い顔料が引かれる。

両の頬に、赤い丸がある。

耳に、青い飾りが下がる。

首から胸にかけて、幾筋もの首飾りがある。

青、白、赤の粒が連なる。

衣は、黄色である。

肩のあたりで、緑がかる。

肩の上に、白い毛皮が載る。

左右に広がり、胸まで垂れる。

毛先が、細かく描かれる。

背景は、薄い褐色である。

何も描かれていない。