肩は、何かを載せる台である——懐月堂度繁・ピアッツェッタ・カトリンほか九点
肩ごしに振り返る遊女、棒を載せた肩、聖なる紐がかかる左肩。肩の九点を数えると、人の肩が写るのは四点で、四点とも肩の上に何かが載っていた。残りは肩甲と肩当、壺と茶葉入れの肩、そして砂に埋もれた巨人の肩だった。

肩ごしに、振り返る
掛軸である。
絵の部分は129.5×45.1センチ。
縦に細長い。
女が一人、立っている。
顔は、画面の左を向く。
しかし体は、右を向いている。
首だけが、ねじれている。
そのねじれの起点が、肩である。
右の肩が、前に出る。
左の肩は、引かれている。
衣は、幾重にも重なる。
外側は、白地に太い縞。
縞は、斜めに走る。
内側に、赤と黒が見える。
裾が、大きく渦を巻く。
渦の中心は、足元にある。
帯は、前で結ばれていない。
後ろで結ばれているらしい。
手は、両方とも衣の中である。
袖口から、指先も出ていない。
背景は、無地である。
表装の裂には、波と菊の文様がある。

館の札は「女性たち」の一つだけである。
肩という札はない。
しかし英語の題には、肩ごしという語が入る。
肩ごしに見る、という言い方である。
日本語では、振り返るで足りる。
肩は、言わなくてよい。
英語では、肩を経由しないと言えない。
振り返るという動作を、体のどの部分で説明するか。
そこに言語の差が出る。
そして館の記録は、英語で書かれている。
だから肩の語が残り、機械はそれを拾う。
九点の最初に、この一枚を置く理由である。
肩は、体のねじれが始まる場所である。
首から上だけでは、ここまでねじれない。
胴ごと回れば、振り返ったことにならない。
肩が半分だけ回るから、振り返る形になる。
この一枚では、衣の縞がそれを見せる。
縞の向きが、肩のところで変わっている。
棒を、肩に載せる
素描である。
紙は39.3×31.3センチ。
黒チョークに、白チョークで光を置く。
若い女の、胸から上がある。
顔は、右下を向く。
目は伏せられ、まつげが見える。
鼻筋は短く、頬は丸い。
口元に、笑みらしいものがある。
髪は、頭の上で結われる。
結び目に、白い布が巻かれる。
後れ毛が、頬の横に落ちる。
衣は、肩が大きく開く。
襟の線が、左右へ流れる。
右の肩が、ほとんど露出する。
その肩の上に、細い棒が載る。
棒は、画面を斜めに横切る。
右下から、左上へ。
手は、棒を握っていない。
肩に載せているだけである。

館の記録に、説明の文はない。
題と、材料と、寸法だけである。
ローザという名だけが与えられている。
この画家は、こうした頭部の習作を数多く残した。
売るために描かれたものも多い。
肩に棒を載せる形は、担ぐ姿勢である。
しかし、棒の先には何もない。
荷を吊るせば、農婦か行商人になる。
荷がないので、それは決まらない。
館も、そこには踏み込まない。
肩は、ここでは物を載せる台である。
平らで、幅があり、骨が支える。
体の中で、そういう場所は肩と頭しかない。
頭に載せる文化もあるが、この絵は肩を選んだ。
この画家は、ヴェネツィアで働いた。
館の分類も、イタリアの素描である。
チョークの素描は、売りやすい大きさで作られた。
この一枚も、額に入れて掛けるための寸法である。
担ぐことについては、担ぐと、体が傾くで扱った。
左の肩に、紐がかかる
細密画である。
絵の部分は11.5×10.3センチ。
上には、文字が八行ほど並ぶ。
絵の地は、濃い赤である。
画面の右に、玉座がある。
日除けの傘が、その上にかかる。
傘は、黄と青の縞である。
玉座に、男が座っていた。
いまは、立ち上がって降りている。
中央に、三人が立つ。
一人は、白い花の冠をかぶる。
海の王である。
その体には、腰布だけが巻かれる。
上半身は、裸である。
左の肩から、細い紐が斜めに下りる。
紐は、白い。
右の腰のあたりへ抜ける。
左端に、もう一人が立つ。
手に、数珠を持つ。
床は、緑と金の文様である。

館の説明は、この紐について書いている。
聖なる紐である。
左の肩にかけるのが決まりである。
これは、高い生まれの印だという。
つまり、紐の位置が身分を示す。
右肩でも、首でもない。
左の肩でなければならない。
館はさらに、王の装いにも触れる。
細い白の上衣、袴、結んだ頭巾。
当時の皇帝が好んだ形である。
つまり、この絵の中では衣が人を区別している。
海の王は、腰布と紐だけ。
宮廷の王は、上衣と頭巾。
婆羅門も、腰布と紐である。
肩にかかる一本の紐が、それを決めている。
体の部分としての肩は、ここでは台にすぎない。
紐を落とさないための、傾きのある台である。
傾きがあるから、紐は斜めに落ちる。
斜めに落ちるから、遠くからでも見分けられる。
首にかければ、正面からしか見えない。
肩からかければ、横からも見える。
見せるための位置として、肩が選ばれている。
肩が、人の名になる
油彩である。
53.5×41.9センチ。
女の、胸から上がある。
顔は、正面をやや外れる。
髪は、中央で分ける。
分け目に、赤い顔料が引かれる。
両の頬に、赤い丸がある。
耳に、青い飾りが下がる。
首から胸にかけて、幾筋もの首飾りがある。
青、白、赤の粒が連なる。
衣は、黄色である。
肩のあたりで、緑がかる。
肩の上に、白い毛皮が載る。
左右に広がり、胸まで垂れる。
毛先が、細かく描かれる。
背景は、薄い褐色である。
何も描かれていない。

この一枚を肩の九点に入れたのは、題のためである。
人の名に、肩の語が入っている。
傷ついた熊の肩、という意味だと館は記す。
つまり、これは体の部分の話ではない。
人の名である。
名の中に、熊と、傷と、肩がある。
この画家は、一八三〇年代に各地を回った。
そして、人々の肖像を描き残した。
名は、聞き取って音で写している。
意味の訳は、そのあとに付けられた。
だから、この訳が正確かどうかはわからない。
わかるのは、館の記録がそう書いていることだけである。
九点のうち、これが最も肩から遠い一点である。
画面の肩には、毛皮が載っているだけである。
名のほうの肩は、熊のものである。
それでも、記録の上では肩の一点である。
機械は、名の中の肩も拾う。
拾ったものを並べると、こういう並びになる。
人の名に体の部分が入るのは、めずらしくない。
日本語にも、肩を使った名はある。
ただし、館の記録に残る形は、訳を経ている。
肩のための、扇形の鉄
鉄の板である。
二つで一組になっている。
左右の肩に当てる。
幅は25.2センチ。
高さは21.5センチ。
厚みは、14.8センチある。
形は、扇に似ている。
上が狭く、下が広い。
表面に、太い筋が何本も走る。
筋は、上の一点から放射状に出る。
扇の骨のようである。
縁は、外へ反る。
下の縁は、波打つ。
金属の表面は、磨かれている。
光が、筋に沿って伸びる。
小さな穴が、いくつか開く。
紐を通すための穴である。

館の説明は、刻印について書いている。
甲冑の部品は、鍛え、成形し、磨いたあと、検査された。
寸法の合いと仕上がりを見る。
その段階で、親方が刻印を打つ。
町や組合の印が加わることもある。
ここにある三つの印は、ミラノのものとされる。
上の印は、冠の下に三文字らしいものがある。
下の印は、二度繰り返される。
割れた十字の中に、文字が入る。
館は、これをミッサリア家のものだろうと書く。
館はまた、肩甲という部品の範囲も説明する。
肩を覆い、しばしば腋も覆う。
背と胸の一部にも及ぶ。
つまり、肩甲は肩だけの防具ではない。
肩を中心にした、広い面である。
それでも、名は肩から取られている。
甲冑については、一領を組み上げるで扱った。
少年の肩に、合わせて作る
同じく、肩の防具である。
こちらは左肩だけが残る。
高さ11.4センチ。
幅も11.4センチ。
奥行きは8.9センチ。
前の一点の、半分ほどしかない。
少年のための甲冑である。
形は、筒に近い。
何枚もの細い板が、重なる。
板は、横に走る。
重なりの縁が、うねる。
表面に、彫りがある。
渦や葉らしい形が、帯になって並ぶ。
その帯が、板ごとに入る。
金の色が、ところどころ残る。
縁には、より線の飾りが回る。

館の記録は、産地をインスブルックとする。
説明の文はない。
わかるのは、寸法と材料と、装飾用だということである。
装飾用の甲冑は、実戦には使わない。
行列や式典のために作られる。
だから、彫りが細かい。
前の一点は、実用のものだった。
筋は装飾でもあるが、強さのためでもある。
こちらは、細かい板を重ねて曲げやすくしてある。
動きやすさを、優先している。
そして、寸法が小さい。
11.4センチという数字が、着る人の体を示す。
腕輪の直径が腕の太さを示したのと、同じである。
肩の幅は、成長で変わる。
だから少年用の甲冑は、短い期間しか使えない。
使えなくなっても、残る。
残ったものだけが、いま数えられる。
一領の甲冑は、多くの部品からできている。
その中で、肩の部品だけが残ることがある。
小さくて、丈夫で、形がはっきりしているからだろう。
今回の九点にも、肩の部品が二つ入った。
胴や脚の部品は、一つも出てこなかった。
壺にも、肩がある
黒絵式の水瓶である。
高さは43.2センチ。
口の直径は24.7センチ。
底の直径は15.2センチ。
胴は、大きく張る。
そこから上へ、すぼまる。
すぼまりはじめる曲がり目がある。
そこを、肩と呼ぶ。
肩には、細長い画面がある。
人が二人、向き合う。
一方は、人の体に牛の頭を持つ。
胴の画面は、もっと大きい。
四頭立ての馬車が、正面を向く。
馬の脚が、八本並ぶ。
御者の後ろに、武人が立つ。
左右にも、武人が一人ずついる。
そのうち二人は、こちらを見ている。
いちばん下に、小さな画面がある。
獅子が二頭、鹿に迫る。

館の説明は、三つの画面の関係を書いている。
主題は違うが、勝利という点でつながるという。
肩の画面では、テセウスがミノタウロスを倒す。
いちばん下では、獅子が鹿に迫る。
胴の画面では、勝利はまだ来ていない。
三人の武人は、これから戦う。
そのうち二人が、こちらを向いている。
正面向きの顔は、めずらしいと館は書く。
正面向きの馬車と、対になっている。
ここで肩は、器物の部位の名である。
人の肩からの比喩である。
胴があり、首があり、口がある。
器に体の名をつけるのは、多くの言語で起きる。
そしてその名が、記録に残る。
機械は、それを人の肩と区別しない。
区別しないから、こうして並ぶ。
並べてみると、比喩の筋道が見える。
胴がいちばん広く、肩で狭まり、首でさらに狭まる。
人の体と、同じ順である。
だから、同じ名がついた。
なで肩の、茶葉入れ
銀に金を着せた箱である。
高さ13.4センチ。
幅9.6センチ。
奥行き5.8センチ。
手のひらに収まる。
胴は、四角い。
角は、丸められている。
上のほうで、両側が斜めに落ちる。
その落ち方が、なだらかである。
落ちきったところに、小さな口がある。
口には、蓋が載る。
蓋は、山形である。
肩の部分に、装飾が集まる。
渦を巻く線と、葉らしい形。
四つの面すべてに回る。
胴の平らな部分には、何もない。
磨かれた面が、光を返す。

館の説明は、この形の来歴を書いている。
十七世紀と十八世紀の英国で、銀は富と地位の印だった。
茶も、高価な品である。
だから、銀の茶葉入れは持ち主の格を示した。
そしてこの、目立って傾斜した肩の形。
この作者が一七三〇年代の初めに考案した。
十年のうちに、茶葉入れの標準の形になった。
つまり、肩の傾きが型の名になっている。
前の壺でも、肩は部位の名だった。
ここでは、肩の角度が様式の名である。
茶の道具については、茶は、器から始まるで扱った。
肩まで、砂に埋まる
写真である。
図の寸法は39.5×49センチ。
横長で、大きい。
画面の中央に、石の建物がある。
柱が、何本も立つ。
柱の上に、横木が渡る。
その上に、飾りの帯が見える。
建物の下半分は、見えない。
砂に埋まっている。
砂は、画面の手前まで続く。
手前には、崩れた石が散る。
四角く切った石である。
大きさは、人の背丈ほどに見える。
空は、白い。
雲はない。
人も、写っていない。

館の説明は、この写真家の言葉を引いている。
この神殿は、半分以上が砂に埋まっていた。
それを見て、写真家はこう書いた。
肩まで埋められた、大きな老いた巨人を思わせる。
まだ死んではいないが、力を奪われ、呪いに閉じこめられている。
無力さのなかに、なお威厳がある。
館は続けて、この写真家の方針も書く。
感情の効果より、描写の正確さを重んじた。
真実の記録は、精巧に美しい絵より価値がある、と本人は言った。
その人が、比喩では肩を使っている。
建物に肩はない。
しかし、埋まり方を言うのに肩がいちばん近かった。
首まででは深すぎ、腰まででは浅すぎる。
肩は、その中間を示す目盛りである。
この神殿は、その後に掘り出された。
いまは、砂の下から全体が出ている。
だからこの写真は、埋まっていた時期の記録である。
撮った時点では、記録のつもりだった。
いまは、失われた状態の唯一の証拠になっている。
比喩のほうも、そのまま残った。
数えてみると
九点を数え直す。
人の肩が画面に写っているのは、四点である。
遊女、ローザ、海の王、首長の妻。
肩のための道具が、二点。
器物の肩が、二点。
比喩の肩が、一点。
写っている四点を、さらに見る。
遊女の肩は、ねじれの起点だった。
ローザの肩は、棒を載せる台だった。
海の王の肩は、紐をかける場所だった。
首長の妻の肩には、毛皮が載っていた。
四点とも、肩の上に何かがある。
棒、紐、毛皮、そして視線の向き。
肩そのものが主題になった一点は、なかった。
肩は、何かを載せるための場所として描かれる。
道具の二点も、載せるものだった。
鉄の板を、肩に載せる。
器物の二点も、載せる場所である。
肩から上に、口と首が載る。
比喩の一点は、埋まる深さの目盛りだった。
九点すべてで、肩は基準面として働いている。
言えることと、言えないこと
言えるのは、肩が水平の基準だということである。
手や指は、動く。
腕は、伸びる。
肩は、あまり動かない。
動かないから、そこに物が載る。
そして、動かないから目盛りになる。
肩までの深さ、肩の幅、肩の傾き。
どれも、測るための言い方である。
体の部分でありながら、肩は道具に近い。
言えないことも、いくつかある。
まず、日本語では肩の語が落ちやすい。
振り返るに、肩は要らない。
だから、日本語の記録だけを探しても、この九点は集まらない。
英語の記録があったから、集まった。
次に、器物の肩は比喩である。
比喩がどこまで元の意味を保つかは、わからない。
壺の肩を作った人が、人の肩を思っていたとは限らない。
名がついた時点で、比喩は薄れる。
最後に、九点のうち三点が甲冑と器である。
つまり、鉄と陶の肩である。
やわらかい肩は、四点しかなかった。
肩は、守られる場所でもある。
守るために、そこだけ別の材料で作られる。
体の中で、そう扱われる部分は多くない。
肩と、頭と、胸くらいである。
肩は、体の中でいちばん台に近い部分である。
台であることは、絵では目立たない。
目立たないから、題にもなりにくい。
今回の九点でも、肩が題の中心にあるのは二点だけだった。
肩甲と、肩当である。
どちらも、人の肩ではなく、道具の名である。
人の肩が題に出たのは、振り返る遊女の一枚だけだった。
しかもそれは、英語の題でのことである。
日本語の題からは、肩が消えている。
消えた語を数えることは、できない。
数えられるのは、残った語のほうだけである。
残った語をたどると、肩は台に行き着く。
物を載せ、寸法を測り、深さを示す。
体でありながら、家具のように働いている。


