糸の仕事は、うつむいた顔でできている——梁楷・北斎・ゴヤほか九点

横に四メートルある、大きな織物である。
中央に、天蓋のある建物が立つ。
その下で、人々が卓を囲んでいる。
上には楽人の姿があり、下には器を運ぶ人が並ぶ。
四隅と縁は、太い飾り枠で囲まれている。
色は、青と赤と金茶に落ち着いている。
館の記録では、パリの工房で織られた綴織である。
下絵を描いたのは、16世紀のフランスの画家カロンだという。
古代の女王アルテミシアの物語を、連作にしたものの一枚である。
この一点は、その饗宴の場面の中央部分にあたる。
つまり、もっと横に長い一枚から切り出されている。
材料は、羊毛と絹である。
ここまでの三点は、糸を作り、糸を織る仕事を描いていた。
この一点は、描かれた絵そのものが糸でできている。
絵の主題ではなく、絵の材質が糸なのである。
一本ずつ横糸を通して、人の顔も、卓の脚も作る。
四メートルの画面を、そうやって埋め尽くす。
館の記録は、織った工房の名までは特定していない。
分かるのは、パリの郊外にあった製作所で織られたということだけである。
下絵を描いた人の名は残り、織った人の名は残らない。
布は動きを描くための道具だと数えた回があった。
あちらでは、布は描かれる側だった。
こちらでは、布が描く側に回っている。
189.7×402.1センチという寸法も、絵としては桁が違う。
九点のなかで、いちばん大きいのはこの一点である。
壁を覆うために作られた絵は、糸でできていた。
編む手は、うつむいている
五点目は、レースを編む女である。

暗い部屋である。
女が一人、床に近い低いところに座っている。
膝には、丸い枕のような台がのっている。
台には、細い棒が扇のように何本も挿してある。
レースを編むための、糸巻きの棒である。
女は身をかがめ、その一本に手を伸ばしている。
顔は伏せられ、目は手元だけを見ている。
右手には、椅子に登った猫がいる。
猫は、こちらを見ている。
館の記録の分類は、女、猫、針仕事の三語である。
働く人は下を向き、猫だけが顔を上げている。
この構図は、九点のいくつかにも共通していた。
糸の仕事は、目を近くに縛りつける。
だから絵の中の顔は、いつも伏せられる。
台の上の棒は、数えれば十本を超える。
一本ずつに糸が巻かれ、順に持ち替えて編んでいく。
手元を見誤れば、模様が崩れる。
画面は71.8×97.2センチと、横に長い。
働く人の絵にしては、堂々とした大きさである。
この絵は、1971年に美術商の遺贈で館へ入った。
編み物は、肖像画にも入り込む
六点目は、肖像画である。

黒い服の女性が、こちらを向いて座っている。
襟には、白い水玉の大きな布が広げられている。
髪は高く結い上げられ、耳のあたりで巻かれている。
首には細い鎖が下がる。
そして手元では、細い針が二本、糸をかけている。
編みかけのものは、まだ小さい。
背景は、赤茶の一色である。
館の記録の題には、と思われる、という語が入っている。
サラ・クック・アーノルドという名も、確定していない。
作者の欄に至っては、アメリカ、19世紀、とあるだけである。
描いた人の名も、描かれた人の名も、はっきりしない。
それでも、手元の編み針だけは、はっきり描かれている。
肖像画で人が手に持つものは、その人を説明する道具である。
本を持てば学識、剣を持てば身分。
ここで選ばれたのは、編み針だった。
九点のうち、こちらを向いて糸を扱う人は、この一点だけである。
布に文字を縫った手本布の回でも見たとおり、針の仕事は教えの一部でもあった。
編む手を持つ肖像は、勤勉さの肖像でもある。
板は89.6×58センチ。
板に描かれた肖像は、家の壁に長く掛けられてきた。
この一枚も、収集家夫妻の寄贈で美術館へ入っている。
紡ぐという語には、裏がある
七点目は、版画である。

薄い茶色一色で摺られている。
手前に、若い女が座っている。
手には糸巻きの棒があり、細い糸が伸びている。
その後ろに、老いた女が二人。
顔は骨ばり、歯がのぞいている。
さらに奥の暗がりには、いくつもの小さな顔が浮かぶ。
赤子らしい姿も、そこに混ざっている。
館の記録では、これは連作《ロス・カプリチョス》の一枚である。
題の言葉は、気まぐれ、あるいは芸術の空想と訳される。
そしてこの紙は、出版前に試しに摺られた珍しい一枚だという。
版から早い時期に摺られたので、淡い調子がよく残っている。
のちの摺りでは失われた階調だと記録は書く。
手前の女の白い肌と白い上着のあいだの、わずかな調子の違い。
記録は、そこを見るように言う。
そして題の意味について、記録はこう書く。
紡ぐという語は、当時、性を売る仕事の遠回しな言い方だった。
画家の批評は、おそらくそこに向けられているという。
豆知識の欄には、連作の題はどれも意図して謎めかせてある、とある。
糸を紡ぐ手は、ここでは別の意味を負わされている。
道具と仕事の絵が、そのまま社会への批評になる。
版画は摺られて広まるから、批評の絵に向いていた。
紙の余白には、鉛筆の書き込みが残る。
画商の在庫番号だと記録は読む。
批評のための紙が、やがて商品として番号を振られる。
版の下の余白には、図の番号と題も彫り込まれている。
四十四という数字が、右上の隅にある。
連作の中の位置まで、版に刻まれているわけである。