美術史・技法

糸の仕事は、うつむいた顔でできている——梁楷・北斎・ゴヤほか九点

縫うことで、絵は表装される

八点目は、刺繍である。

ガルダを伴う金剛手菩薩の刺繍表装
第十代黒帽カルマパ、チューイン・ドルジェ《ガルダを伴う金剛手菩薩の刺繍表装》絵は1600年代、刺繍は1300年ごろ。館の記録では、絹に不透明水彩と金と銀。全体で114.6×44.5センチ。番号は1989.11.a。クリーヴランド美術館蔵。第十代黒帽カルマパ、チューイン・ドルジェ《ガルダを伴う金剛手菩薩の刺繍表装》クリーヴランド美術館蔵

縦長の掛物である。

中央に、絵の部分がある。

金色の地に、ひざまずく姿が描かれている。

その上下と左右を、赤い地の刺繍が囲んでいる。

刺繍の中には、翼を広げた人の形がいる。

鳥のような頭と、大きく張った腕。

館の記録では、絵に描かれているのは仏法を守る菩薩である。

右手に雷のしるしを持ち、左手は挨拶の形をとる。

チベットの高僧が自分で描いた、珍しい図だという。

そして、絵に縫い付けられているのが、中国の錦と刺繍である。

刺繍のほうは、元の時代のもので、絵よりずっと古い。

描かれているのは、鷲と人が合わさった姿のガルダだと記録は書く。

菩薩が時にとる形でもあるという。

つまり、この一点では絵と刺繍が別々の時代に作られている。

三百年ほど古い布が、あとから絵の周りに縫い合わされた。

縫うという仕事は、ここでは絵を守り、絵を飾る役に回っている。

糸の仕事は、布を作るだけではない。

作られた布と絵を、つなぎ合わせるのも針の仕事である。

九点のうち、縫い目そのものが主題になるのは、この一点だけだった。

全体で114.6×44.5センチ。

絵の部分は、その真ん中の一区画にすぎない。

面積で言えば、布のほうが絵より広い。

それでも館の記録は、この一点を絵として登録している。

分類の札は、織物、である。

絵か、布か。

記録の中でも、二つの呼び名が同居している。

筆を、編み物にたとえる

最後の一点に、糸は一本も出てこない。

ポントワーズ、レルミタージュ近くの森のはずれ
カミーユ・ピサロ《ポントワーズ、レルミタージュ近くの森のはずれ》1879年。館の記録では、布に油彩。額なしで125×163センチ。番号は1951.356。クリーヴランド美術館蔵。カミーユ・ピサロ《ポントワーズ、レルミタージュ近くの森のはずれ》クリーヴランド美術館蔵

木立の中である。

細い幹が何本も立ち、葉のあいだから光が落ちている。

奥には、家の白い壁が小さく見える。

手前の草地には、青い服の人が寝そべっている。

そのそばに、山羊が一頭、こちらに背を向けて立つ。

緑と青と黄の細かい筆が、画面をびっしり埋めている。

筆の跡は、どれも同じ向きに斜めに置かれている。

館の記録では、ピサロがひどく貧しかった時期の大作である。

絵が売れず、苦しんでいたころに描いたという。

場所は、1872年から住んでいた村の森である。

色は純粋な色に限り、筆は規則正しい斜めの並びで置いた。

そしてその効果を、画家自身が編み物にたとえたと記録は書く。

編み目のように、絵の具の目を並べていく。

この絵は、1879年の第四回の印象派展に出された。

寸法は、額なしで125×163センチ。

九点のなかで、二番目に大きい画面である。

豆知識の欄は、山羊について書いている。

背を向けて立つその姿が、見る人を絵の中へ誘うのだという。

寝そべる人と、山羊と、木漏れ日。

売れなかった大作の中は、これ以上ないほど静かである。

さて、ここには糸も針もない。

にもかかわらず、記録の中には編み物の語がある。

一目ずつ置いて面を作るという点で、筆と針は同じ仕事をしている。

糸の仕事の言葉は、こうして絵の作り方の説明にまで伸びていく。

数えると、こうなった

九点を数え直す。

糸を作る場面が一点、織る場面が二点。

織り上がったものが二点。

編む場面が二点、紡ぐ場面が一点。

そして、たとえとしての編み物が一点である。

段階でいうと、蚕から布までのほとんどが埋まった。

欠けているのは、染める場面と、縫い上げる場面である。

色を作る仕事と、形を作る仕事が抜けている。

染桶も、仕立て台も、鋏も、九点には出てこない。

働き手も数えておく。

糸を扱う人が描かれた七点のうち、六点は女性である。

北斎の機織り場も、ナバホの織り手も、レース編みも編み物も、そうだった。

例外は、蚕織図の中の人々である。

あの巻には、男の姿も混じっている。

工程の全部を描こうとすると、働き手の顔ぶれも広がる。

姿勢も数えられる。

顔を伏せた人が四点、こちらを向いた人が一点。

糸の仕事の絵は、うつむいた顔でできている。

道具も数えておく。

機が二台、糸巻きの棒が二本、編み針が一組。

そのほかに、桶と籠と重りがある。

いちばん大きい道具は、ナバホの立て機である。

いちばん小さい道具は、レース編みの細い棒だろう。

大きさの幅は、そのまま作る布の幅でもある。

土地と年代も並べておく。

中国が二点、日本が一点、フランスが二点。

スペインが一点、アメリカが二点、チベットと中国にまたがる一点。

年代は1300年ごろの刺繍から、1940年前後の油彩まで。

六百年を超えて、糸の仕事は同じ姿勢で続いている。

道具は土地ごとに違い、姿勢だけが揃っている。

言えないことも書いておく。

この九点は、記録に糸や織りや編みの語を持つものから集めた。

だから、たとえの一点まで混ざってきた。

糸の仕事の絵の全体で、うつむきが多いかどうかは決められない。

ただ、手元を見なければ糸は扱えない。

その一点だけは、絵の外でも同じはずである。

最後に、記録に残らないことを一つ。

九点のどの記録にも、織り上がった布のその後は書かれていない。

誰が着て、どこで擦り切れたのかを、どの欄も書かない。

作る場面は残り、使う場面は残らない。

タペストリーだけが、布のまま四百年生き延びて壁に掛かっている。

織った人の名は、そこにも書かれていない。

糸の仕事は、たいてい無名のまま残る。

残るのは、目の細かさと、手の跡だけである。

次に織物の前に立ったら、糸の一本を目で追ってみてほしい。

端から端まで、誰かの手が通っている。

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