作品を知る

暑さは描けず、涼みが描かれる——歌麿・円山応挙・ピュヴィスほか九点

夏の山(董源に倣う)
黄公望《夏の山(董源に倣う)》14世紀。館の記録では、掛幅、絹本墨画淡彩。画面は131.7×55.6センチ。表具を含めて257.4×71.2センチ。番号は1992.1。クリーヴランド美術館蔵。黄公望《夏の山(董源に倣う)》クリーヴランド美術館蔵

暗い絹の上に、丸みのある山が高く積み上がっている。

麓には木々が茂り、谷あいに家並みらしい影がのぞく。

元代の中国の画家、黄公望の筆と伝わる大作である。

題のとおり、五代の画家、董源の山の絵に倣ったと画面に記されている。

倣うという言葉は、東アジアの絵では敬意のしるしである。

館の記録では、薄い墨を重ね、その上から濃い墨を置く描き方だという。

画家自身の画論の言葉も、記録に引かれている。

絵でいちばん難しいのは墨の使い方だ、という一節である。

薄い墨から始めて、様子を見ながら、乾いた濃い墨と深い墨のにじみを重ねる。

その重なりが、田と道を分け、遠くと近くを分けるのだという。

付記には、こうある。

しっとりと濡れた山肌と湿った大気が、中国南方の夏を思わせる。

雨の多い季節の、蒸すような茂りの気配だという。

暑さは描けなくても、湿り気なら墨で描ける。

にじみそのものが、夏の空気の写しになっている。

画面には、後世の持ち主の書き込みも残る。

1599年にこれを手に入れた、と記す明の書家、董其昌の字だという。

翌1600年には、掛け直してあらためて学んだ、とまで書き込んでいる。

二百年以上のちの人が、この夏の山を手本として研究していたのである。

画面に字を書き込む文化の回で見た、東アジアの絵の慣わしである。

ここまでの五点を振り返ると、暑さを正面から描いたものは一点もない。

夜と朝、風と湿り気。

夏は、涼しいものの側から間接に描かれてきた。

暑さを、正面から描いた絵

ここまでの五点は、涼しさの側から夏を描いてきた。

ヨーロッパの版画は、逆を行く。

四季のうち夏
ピーテル・ファン・デル・ヘイデン《四季のうち夏》1570年。館の記録では、エングレーヴィング。番号は1995.16。クリーヴランド美術館蔵。ピーテル・ファン・デル・ヘイデン《四季のうち夏》クリーヴランド美術館蔵

空に、光の筋を放つ太陽が彫られている。

その下で、農民たちが麦を刈り、束ね、運んでいる。

手前の男は大きな鎌を振り、うつむいた男たちは汗みずくの姿勢である。

下絵を描いたのは、ブリューゲルだと記録にある。

版画商コックの店のために素描を提供し、職人のヘイデンが版に彫った。

コックの店は、四方の風、という名をアントウェルペンに構えていた。

世界の四隅まで版画を売り広める、という心意気の屋号だと記録は説明する。

16世紀半ばには、版画の出版と販売はもう大きな商売だったのである。

四季の組の春と夏はブリューゲル、秋と冬は別の画家ボルの下絵だという。

ブリューゲルはその少し前、一年の月々を描いた一連の絵を仕上げていた。

農民の労働で季節の移ろいを示す、中世の暦絵の伝統に立つ仕事だったとある。

この版画の夏も、その流れの上にある。

画面の下には、ラテン語の句が彫られている。

六月と七月と八月が夏を作る、夏は青春の似姿、と句は始まる。

そして、暑い夏は野に豊かな実りをもたらす、と結ばれるのだと記録は訳す。

暑さが、はっきり言葉になっている。

しかも、実りの原因として、肯定的に書かれている。

そして、直視できないはずの太陽が、堂々と空にある。

太陽の描き方を数えた前の回では、太陽を正面から描いた絵はまれだった。

ここで太陽が描かれたのは、暑さを描くためだと考えられる。

照りつける光がなければ、汗も実りも説明がつかないからである。

同じ麦刈りの夏は、織物にもなっている。

夏・収穫の情景
ゴブラン製作所《夏・収穫の情景》1600年代。館の記録では、羊毛と絹と金糸、綴織。全体で254×255センチ。番号は1952.544.2。クリーヴランド美術館蔵。ゴブラン製作所《夏・収穫の情景》クリーヴランド美術館蔵

2メートル半四方の、大きなタペストリーである。

羊毛と絹に、金の糸まで織り込まれている。

麦の穂の黄色が、画面の下半分を明るく染める。

下絵は1535年ごろに作られ、織られたのは百年以上のちだという。

パリの王立の工房、ゴブラン製作所の仕事である。

古い図柄が、世紀を越えて織り直されるほど愛されていたことになる。

来歴の欄によれば、この織物はスコットランドの城に掛かっていた時期がある。

館の記録では、麦の刈り入れは7月の仕事で、夏の暑く厳しい労働を代表した。

手前と中ほどの刈り手が、鎌を頭の上まで振り上げている。

林檎の木の陰では、三人が麦の値段を決めている。

女性が銭を指さし、座った男が数え、もう一人が帳面に書き留める。

腰には、ペン入れとインク壺が下がっているとまで記録は書く。

奥では、馬車が麦を山と積んで進む。

働く者と、商う者と、記録する者。

一枚の織物のなかに、夏の村の経済がまるごと織り込まれている。

収穫の絵は、土地の実りへの誇りと、働き手への賛辞でもあったと付記にある。

そしてここでも、涼みは木陰という形でちゃんと描き込まれている。

暑さの絵の中にすら、人は日陰を探して座るのである。

装いの夏と、水辺の夏

暑さは、着るものにも表れる。