暑さは描けず、涼みが描かれる——歌麿・円山応挙・ピュヴィスほか九点
夕涼み、月の夜、そよぐ柳、水浴び。夏と題した絵を九点数えると、半分以上が暑さではなく涼しさを描いていた。暑さを正面から描いたのは、太陽の下で麦を刈るヨーロッパの二点だけ。温度は色も形も持たないから、絵にできるのは暑さへの対処と、その結果なのである。

夕方の川辺に、人が出てくる
川端に、着飾った人々が集まっている。
女性たちは薄手の着物で、うちわや提灯を手にしている。
子どもが二人、大人のあいだにまじる。
川の上には、屋根のある舟が浮かぶ。
遠くには、長い橋が低くかかっている。
空は暮れかけの色である。
これは、夕涼みの図である。

江戸の隅田川、両国橋のあたりである。
館の記録では、橋の上にも舟の上にも人がひしめき、夏の花火を楽しんでいる。
昼のあいだは家にこもっていた人々が、日が落ちてから、水辺へ出てきたのである。
川辺の一団には、小さな男の子がいる。
片手に飼っている虫の籠を提げ、もう片方の手で若い女性と手をつないでいるという。
左端では、料理屋の名を記した提灯を持つ少年が、二人の女性を案内している。
提灯の字まで、記録は読み取っている。
大野屋という料理屋の名だという。
紙には歌麿筆の署名があり、版元の印も残る。
来歴の欄によれば、この三枚はパリの収集家の手を経て、海を渡ってきた。
三枚の紙を横につないで、川端の宵をひと続きに見せる判型である。
三枚続という形式については、三枚続の左の一枚だけが残った回で扱った。
美人画で知られる歌麿が、ここでは夏の町の時間そのものを描いている。
誰も暑そうな顔をしていない。
それでいて、これが暑い日の絵であることは、誰にでも分かる。
涼んでいる姿こそが、暑さの証拠だからである。
さて、この絵の題には、夏の字も暑さの字もない。
あるのは、涼みという言葉である。
夕涼みは、暑い昼を避けて、日暮れの水辺に出ることをいう。
つまりこの絵は、暑さを描かずに、暑さのあとだけを描いている。
夏の絵を集めると、こういうことが繰り返し起きる。
描かれているのは暑さではなく、暑さから逃れる工夫なのである。
夜、水辺、風、木陰。
涼みの道具立ては、絵のなかに数え切れないほどある。
では、暑さそのものを描いた絵はないのか。
温度という、目に見えないものを、絵はどこまで描けるのか。
九点を並べて、確かめてみたい。
夏は、夜がいちばん描かれる
涼みの筆頭は、夜である。

金地の空に、白い月が浮かんでいる。
墨の濃淡だけで、水辺の景色が夜のなかに沈んでいる。
水面には島影が浮かび、岸の木々は闇にとけかけている。
対になる屏風には、雪の積もった冬の昼が描かれる。
雪の白には、銀が使われているという。
月の夜と、雪の昼。
一双で、一年のうちの両極の温度を向かい合わせにしている。
夏を代表させるのに、応挙は夜を選んだ。
千年前の随筆が、夏は夜、と書いたとおりの選択である。
昼の盛りではなく、涼しくなってからの時間が、夏の顔になっている。
館の記録では、この一双は1784年の夏に描かれた。
つまりこの月夜は、まさに暑い盛りの手から生まれた。
応挙は京都でもっとも重んじられた絵の師で、西洋画の技法も学んだ人だという。
自然をその場で写す写生の腕でも知られたとある。
自然を細かく写す目と、人の営みを遠くから眺める静かな目。
その両方が、この景色の自然らしさを生んでいると記録は読む。
六曲一双という形式の数え方は、一双の屏風に番号が二つ付く回で見た。
夏と冬をひと組にする発想は、次の屏風にも現れる。

こちらは、花で季節を言い分けた一双である。
金のもやのかかった紙に、墨の枝がゆったりと伸びる。
右の屏風では、大きな松のうしろに白い椿が咲く。
左の屏風では、竹のあいだを青い朝顔がはっている。
椿は冬、朝顔は夏の花である。
高さ174センチ、広げれば幅は4メートル近い。
部屋を仕切る家具の上を、二つの季節が渡っていく。
館の記録では、山や橋がひと続きの景色に見えるように描かれている。
だが実際には、冬と夏という離れた季節が並べられているのだという。
時間は、右から左へ流れる。
友松は、京都の禅寺のためにこうした景色を描いた人だとある。
松と竹は墨のにじみで、花は輪郭の中の色で描き分けられている、と付記は述べる。
ここで気づくことがある。
夏の受け持ちが、朝顔だということである。
朝顔は、朝の涼しいうちに開き、日が高くなればしぼむ。
夜の応挙と、朝の友松。
どちらも、夏の一日のうちで涼しい時間を選んでいる。
風と、湿った山気
涼みの三つ目は、風である。

細長い画面に、着物の女性がひとり立っている。
そばには格子の窓があり、画面の隅には団扇の形が見える。
題によれば、風にそよぐ夏の柳の図である。
柳の枝は、わずかな風でも揺れる。
見えない風を見せる木として、夏の絵に呼ばれてきた。
1748年ごろの紙だから、錦絵と呼ばれる多色摺が確立するより前の時代である。
色数の少ない、初期の浮世絵版画ということになる。
この作品の記録は、作者と年と技法と寸法だけの短いものである。
解説の文はなく、女性が誰なのかも分からない。
それでも、題の一行が絵の勘所を言い当てている。
暑さのなかで人が探すのは、日陰と、水と、そして風である。
風は、それ自体を描くことができない。
何がなびいて風になるかは、風の回でまとめて数える。
柳がその代役を務める。
では、暑さの代役を務めるものはあるか。
一点、湿り気で夏を描いた山水がある。