背中は、名前を消す面である——テル・ボルフ・マイヨール・蕪村ほか九点

館の説明は、この連作の性格を書く。
一六二一年に、二十一枚の組として出された。
背の曲がった人々を描いた連作である。
登場人物は、当時の即興喜劇の型を思わせる。
館は、この喜劇の前提にも触れる。
見る側が、描かれる側と別の階層にいることを当てこんでいた。
つまり、笑うために描かれている。
ここで背中は、体の特徴として扱われる。
前の三点では、背中は面だった。
この一点では、背中は形である。
丸いか、まっすぐか。
その違いだけで、人物の役が決まっている。
館は、瓶の材質にも触れる。
膨らんだ形と籠の包みから、硝子だろうという。
硝子については、硝子は、光を通すで扱った。
群れのなかの、一人が背を向ける
銅板に描かれた油彩である。
額を外すと15.4×20.5センチ。
小さいが、人が二十人以上いる。
画面の中央に、四人が集まる。
三人は、裸の女である。
左の一人は、こちらを向く。
中央の一人は、横を向く。
その隣の一人が、背を向ける。
背は、白く塗られる。
肩から腰まで、途切れずに続く。
髪は、頭の上で結われる。
右の腕が、横へ伸びる。
手の先に、金の実がある。
実を持つのは、若い男である。
左手前に、女が横たわる。
犬が、その足元にいる。
上空に、翼のある人物が舞う。
背景は、暗い森である。
木の幹が、太く立つ。

館の説明は、場面の筋を書いている。
トロイアの王子が、誰がいちばん美しいかを決めさせられる。
一人の女神は、政治の力を約束した。
もう一人の女神は、戦の腕前を約束した。
そして王子は、金の林檎を愛の女神に与えた。
見返りは、世界で最も美しい人間の女だった。
館は、三人の見分け方も書いている。
政治の力を約束したのが、群れの左にいる。
戦の腕前を約束したのが、背を向けているほうである。
つまり、背中が名前の手がかりになっている。
前の四点では、背中は名前を消していた。
ここでは逆に、背中が名前を決める。
三人のうち、背を向けているのは一人だけだからである。
数が少なければ、背中も印になる。
この絵は、銅の板に描かれている。
銅は硬く、表面がなめらかである。
だから、細かい筆が効く。
二十人以上を、手のひらほどの板に収められる。
背中の白さが、群れの中で目立つのも、そのためである。
背を向けた人が、上にいる
掛軸である。
絵の部分は111.3×27.1センチ。
細長い。
上下二つの部分がある。
上に、人が一人いる。
背を向けて、座っている。
衣は白く、大きく膨らむ。
頭は小さく、丸い髷がある。
顔は、まったく見えない。
その下に、文字が長く続く。
行は細く、びっしり詰まる。
さらに下に、もう一人いる。
こちらは、歩いている。
体は横向きである。
黒い烏帽子をかぶる。
衣の裾が、後ろへ流れる。
足は、大きく踏み出される。
墨は薄く、線は速い。

館の説明は、この画面の構成を書いている。
『平家物語』の月見の段を、ほとんどそのまま写した。
その文字のあいだに、二人の人物を描いた。
二人には、それぞれ渾名がある。
自分の詠んだ和歌にちなむ渾名である。
上で背を向けているのが、松宵と呼ばれる人物。
宵に待つ、という意味である。
下を歩いているのが、もの数ならぬ蔵人と呼ばれる。
つまり、上の人物は待っている。
待つ人は、背を向けて座っている。
前の五点と違って、ここでは背中に時間がある。
待つという行為は、動かないことで示される。
動かない体を後ろから見せれば、待っていることになる。
顔を見せれば、表情を読まれてしまう。
背中は、時間を長く見せる。
そして、文字との相性もよい。
この掛軸では、画面の大半を文字が占める。
背を向けた人物は、文字の上に浮いている。
顔があれば、そちらへ目が行く。
顔がないので、目は文字へ戻る。
皮のない、背中
ペンと茶インクの素描である。
紙は24×17.3センチ。
骸骨の、上半身がある。
背の側から見ている。
中央に、背骨が縦に走る。
椎骨が、一つずつ描かれる。
丸い塊と、突き出た棘。
棘は、上のほうでは短い。
下へ行くほど、長く傾く。
その左右に、肋骨が広がる。
肋骨は、細い弧である。
上から下へ、間隔が開く。
肩甲骨は、両側にある。
三角の板である。
骨盤は、下で大きく開く。
腕の骨は、途中で切れる。
線は細く、影はほとんどない。
紙は、褐色に焼けている。

館の記録に、説明の文はない。
分類は、イタリアの素描である。
題が、見た方角と範囲を言っている。
背面から、上半身だけ。
ここまでの六点で、背中は覆われていた。
衣か、肌かで覆われていた。
この一点だけが、中身を見せる。
見せてみると、背中は一本の柱である。
椎骨が積み上がり、肋骨が左右へ張り出す。
皺も、肉づきも、この骨の形から出ている。
マイヨールの一枚にあった浅いくぼみは、棘の列である。
テル・ボルフの上着の縫い目も、この線に沿っていた。
背中の絵は、結局この柱を隠したり見せたりしている。
骨と角の材料については、角と骨で扱った。