作品を知る

背中は、名前を消す面である——テル・ボルフ・マイヨール・蕪村ほか九点

項の後ろに、名を書く

きわめて小さな絵である。

全体で5.4×3.7センチ。

親指ほどの大きさしかない。

楕円の枠がある。

枠は、金の細い線で囲まれる。

その中に、深い緑の地がある。

地の上に、男の横顔がある。

顔は、右を向く。

頭に、赤い帽子をかぶる。

帽子には、細かな粒の文様がある。

飾りが、額の上に立つ。

耳に、真珠が下がる。

首から胸に、数連の真珠がある。

中央に、赤い石が下がる。

髭は、長く豊かである。

口の上にも、髭がある。

肩は、わずかに見える。

衣は、白い。

首の後ろ、項のあたりに、細い字がある。

シャー・ジャハーン
ハーシム《シャー・ジャハーン》1630年ごろ。館の記録では、樹脂テンペラ・墨・金・紙。全体で5.4×3.7センチ。番号は1920.1969。クリーヴランド美術館蔵。ハーシム《シャー・ジャハーン》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この肖像の時期を書いている。

父の死後、一六二八年に帝位についた。

その直後に描かれたらしい。

そして、髭を蓄えることを決めた。

父や祖父より、戒律に厳しい姿勢を示すためである。

館は最後に、こう書き添える。

画家の署名は、項の後ろに現れる。

つまり、名前は首の裏に隠されている。

この一点だけ、背中が写っていない。

写っているのは、横顔である。

それでも九点に入れたのは、この一行のためである。

背中側は、書く場所である。

見えない側だから、署名を置ける。

前の七点では、背中は見せる面だった。

ここでは、隠す面になっている。

隠す面に、作った人の名が置かれる。

この絵は、宝石のように身につけるものだったらしい。

館は、肖像の宝玉と呼んでいる。

身につければ、絵の裏は着る人の胸に当たる。

見えない側が、二重になる。

署名の書かれ方については、偽って署名されている、と記録は言うで扱った。

建物にも、裏がある

写真である。

図の寸法は39.7×44.8センチ。

ほぼ正方形に近い。

画面の中央に、建物がある。

石造りで、横に長い。

屋根の上に、小さな塔が並ぶ。

壁には、尖った形の開口がある。

その面は、日陰になっている。

建物の手前は、斜面である。

草と低木が、まばらに生える。

斜面の下に、道らしい線がある。

画面の左に、人が一人立つ。

小さく、輪郭だけである。

右のほうに、白い建物の一部が見える。

遠くにあるので、淡い。

空は、白く飛んでいる。

雲の形はない。

タージ・マハル、休憩所の裏手と人物
ジョン・マレー《タージ・マハル、休憩所の裏手と人物》1858年から1862年のあいだ。館の記録では、蝋引き紙ネガと鶏卵紙印画。図の寸法は39.7×44.8センチ。番号は1999.215。クリーヴランド美術館蔵。ジョン・マレー《タージ・マハル、休憩所の裏手と人物》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この写真家の経歴を書いている。

外科医であり、行政官であり、コレラとの闘いの指導者だった。

いまは、印度の紙ネガ写真でよく知られる。

アグラの町に二十年住み、この建物を繰り返し撮った。

いろいろな角度から、いろいろな光の下で撮っている。

この一枚では、高い位置から狙った。

蝋を引いた紙ネガを使った。

そのほうが透明度が上がり、建築の細部が出る。

題には、裏手という語がある。

有名な建物の、裏側である。

つまり、この写真家も背中を選んでいる。

正面は、誰もが撮る。

裏は、住んでいる人しか撮らない。

二十年住んだ人だから、裏を撮った。

裏は、正面より低い。

塔も少なく、壁の装飾も省かれる。

建物の背中も、人の背中と同じである。

飾りが減り、構造が出る。

そして裏には、人が一人だけ立っている。

数えてみると

九点を数え直す。

人の背中が画面に写っているのは、六点である。

立つ男、座る男、マイヨールの女、酒飲み、女神、松宵。

骨の背中が、一点。

背中が写っていないのが、二点。

横顔の肖像と、建物の裏である。

写っている六点を、さらに分ける。

素描が三点、版画が一点、油彩が一点、掛軸が一点。

六点のうち五点が、紙か板の小品である。

大きな油彩は、一点もない。

背中の絵は、小さく作られる傾向がある。

理由は、たぶん用途である。

三点は、習作だった。

完成品ではなく、部品である。

背中は、部品として描かれることが多い。

そして題を見ると、六点のうち四点に、背後からという語が入る。

見た方角が、そのまま題になっている。

顔の絵で、正面からと題に書くことはない。

正面は、既定の位置だからである。

既定でないときだけ、方角が題になる。

言えることと、言えないこと

言えるのは、背中が名前を扱う面だということである。

顔は、名前を出す。

背中は、名前を消す。

消すから、誰にでも置き換えられる。

工房の助手が、聖人になれる。

消すから、隠し場所にもなる。

項の後ろに、画家が自分の名を書く。

見えない側は、書く側の場所である。

そして背中は、待つ姿勢にも使われる。

顔を見せなければ、表情を読まれない。

読まれないから、時間が長く見える。

言えないことも、いくつかある。

まず、背中が写っている六点のうち、三点は習作である。

つまり、この九点は完成作より習作に偏っている。

背中の語で探すと、素描がまず出てくる。

素描の題は、見た方角で付けられるからである。

完成作の題は、場面や人物の名で付く。

だから背中が写っていても、題には出ない。

見落としている背中は、いくらでもあるはずである。

次に、建物の裏を背中と呼ぶのは、言葉の綾である。

館の題では、裏手という語が使われている。

背中とは書いていない。

それを並べたのは、こちらの判断である。

最後に、骨の一点が、他の八点の根拠を見せていた。

背中の皺も、衣の縫い目も、あの柱の上にある。

見えているのは、いつも覆いのほうである。

覆いだけを見て、柱の形を推している。

背中を見るとは、そういう見方である。

九点のうち、柱そのものを見せたのは一点だけだった。

その一点が、いちばん素気なく描かれている。

説明の文もなく、題も範囲を言うだけである。

いちばん多くを支えているものが、いちばん短く記録されている。

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