蝶は、どこにも止まらない——窪俊満・エーレト・コールテほか九点
葡萄の房のそばに、青い蝶が一匹
四点目は、静物である。

小さな縦長の画面である。
38.1×30.5センチしかない。
背景は真っ黒である。
画面の上のほうから、葡萄の房が吊り下げられている。
粒は淡い緑で、透けるように光る。
一粒だけ、茶色く色づいている。
房の右には、枯れた葉が一枚付く。
蔓が細く巻いて、左へ垂れる。
画面の下には、石の台がある。
その上に、丸い果実が二つ並ぶ。
橙色で、上部に黒い萼が残る。
そして房の左、蔓の下に、蝶が一匹いる。
羽は青く、小さい。
羽を半分開いて、宙に止まっている。
止まるものがないので、飛んでいることになる。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
見えるのは、この蝶が画面でいちばん明るい青だということである。
葡萄の緑、果実の橙、葉の茶。
そのどれとも違う色が、小さく一点だけ置かれている。
九点のうち、蝶が色の対比のために置かれているのは、この一点である。
そして房が吊るされていることにも意味がある。
台の上に置けば、粒は下に隠れる。
吊るせば、一粒ずつが空中で見える。
光は左上から当たり、粒の下側が明るく透ける。
葡萄は光を通す果物だから、この置き方が選ばれている。
蝶の羽も、光を通す薄さで描かれている。
透ける二つのものが、黒い地の上で並んでいる。
九点のうち、背景が完全に黒いのは、この一点だけである。
写本の縁に、蝶が並ぶ
五点目は、時祷書の一葉である。

たいへん小さな一葉である。
10.8×8.2センチしかない。
中央に、四角い枠がある。
枠の中は、木の柱で組まれた小屋である。
左に青い衣の女がひざまずく。
右に赤い衣の男が立つ。
そのあいだ、地面の上に、小さな裸の子がいる。
背後には、牛と驢馬の頭が見える。
枠のまわりは、淡い黄土色の縁である。
その縁いっぱいに、花と虫が描かれている。
白い花、青い花、赤い実。
鳥が二羽、下の縁を歩く。
そして虫がいる。
青い羽を広げた蝶が二匹、右と下の縁にいる。
黒い羽の一匹が、左の縁にいる。
館の記録は、題と材料と寸法だけを書いている。
つまりこの蝶は、本文の外にいる。
文字と絵のある区画には入らず、その周囲を回っている。
ばらされた写本の一葉については、散逸した写本の一葉で扱った。
縁の飾りの作り方も見ておきたい。
淡い黄土の地に、影を付けた花と虫を散らす。
影があるので、花も虫も紙の上に落ちているように見える。
つまり縁は、物を置いた台として描かれている。
中央の枠が窓なら、縁は窓辺の卓である。
蝶はその卓の上を飛んでいる。
祈りの言葉を読む人の指は、この縁に触れることになる。
小さな一葉なので、指は縁の幅とほぼ同じである。
肖像の頭の上を、蝶が飛ぶ
六点目は、肖像画である。

濃い青緑の背景に、女がひとり座っている。
頭には、大きな灰色の飾りが載っている。
羽根を束ねたもので、頭の倍ほどの高さがある。
顔は正面を向き、目は左右にやや離れている。
首には黒い紐が巻かれている。
上着は白く、胸元に花の刺繍がある。
その下は橙色の衣で、裾が広がる。
左手に、開いた扇を持っている。
扇の面には、細かい模様が描かれている。
そして画面の左上に、蝶が二匹いる。
羽を開き、宙に浮かんでいる。
その下には、輪にとまった青い鳥がいる。
さらに、赤い鳥が二羽、椅子の背のあたりにいる。
椅子の下には、黒い猫が座っている。
館の札は「鳥」「肖像」「女性」「猫」「蝶」の五つである。
つまり館は、この画面を五種類のものの集まりとして登録している。
人物は一人だが、生きものは六匹いる。
平らな作りの肖像については、平らな肖像でも扱った。
九点のうち、蝶が人と同じ画面にいるのは、この一点だけである。
そして生きものは、みな同じ大きさで描かれている。
蝶も、鳥も、猫も、輪郭が同じ太さの線で囲まれる。
遠近によって小さくなることがない。
つまりこの画面には、奥行きがほとんどない。
人の顔も、正面から平らに描かれている。
平らな面の上に、生きものが貼り付けられている。
蝶が浮いて見えるのは、その平らさのためでもある。
花の名にも、蝶の語が入る
七点目には、蝶がいない。