作品を知る

蝶は、どこにも止まらない——窪俊満・エーレト・コールテほか九点

葡萄の房のそばに、青い蝶が一匹

四点目は、静物である。

吊るされた葡萄の房、二つのセイヨウカリン、蝶のある静物
アドリアーン・コールテ《吊るされた葡萄の房、二つのセイヨウカリン、蝶のある静物》1687年。館の記録では、油彩・カンヴァス。画面は38.1×30.5センチ。番号は2020.16.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アドリアーン・コールテ《吊るされた葡萄の房、二つのセイヨウカリン、蝶のある静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

小さな縦長の画面である。

38.1×30.5センチしかない。

背景は真っ黒である。

画面の上のほうから、葡萄の房が吊り下げられている。

粒は淡い緑で、透けるように光る。

一粒だけ、茶色く色づいている。

房の右には、枯れた葉が一枚付く。

蔓が細く巻いて、左へ垂れる。

画面の下には、石の台がある。

その上に、丸い果実が二つ並ぶ。

橙色で、上部に黒い萼が残る。

そして房の左、蔓の下に、蝶が一匹いる。

羽は青く、小さい。

羽を半分開いて、宙に止まっている。

止まるものがないので、飛んでいることになる。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

見えるのは、この蝶が画面でいちばん明るい青だということである。

葡萄の緑、果実の橙、葉の茶。

そのどれとも違う色が、小さく一点だけ置かれている。

九点のうち、蝶が色の対比のために置かれているのは、この一点である。

そして房が吊るされていることにも意味がある。

台の上に置けば、粒は下に隠れる。

吊るせば、一粒ずつが空中で見える。

光は左上から当たり、粒の下側が明るく透ける。

葡萄は光を通す果物だから、この置き方が選ばれている。

蝶の羽も、光を通す薄さで描かれている。

透ける二つのものが、黒い地の上で並んでいる。

九点のうち、背景が完全に黒いのは、この一点だけである。

写本の縁に、蝶が並ぶ

五点目は、時祷書の一葉である。

時祷書から切り取られた一葉:キリスト降誕
マクシミリアン一世の最初の祈祷書の画家《時祷書から切り取られた一葉、キリスト降誕》1480年ごろ。館の記録では、羊皮紙にインクとテンペラと金泥。一葉は10.8×8.2センチ。番号は2011.64。クリーヴランド美術館蔵。マクシミリアン一世の最初の祈祷書の画家《時祷書から切り取られた一葉:キリスト降誕》クリーヴランド美術館蔵

たいへん小さな一葉である。

10.8×8.2センチしかない。

中央に、四角い枠がある。

枠の中は、木の柱で組まれた小屋である。

左に青い衣の女がひざまずく。

右に赤い衣の男が立つ。

そのあいだ、地面の上に、小さな裸の子がいる。

背後には、牛と驢馬の頭が見える。

枠のまわりは、淡い黄土色の縁である。

その縁いっぱいに、花と虫が描かれている。

白い花、青い花、赤い実。

鳥が二羽、下の縁を歩く。

そして虫がいる。

青い羽を広げた蝶が二匹、右と下の縁にいる。

黒い羽の一匹が、左の縁にいる。

館の記録は、題と材料と寸法だけを書いている。

つまりこの蝶は、本文の外にいる。

文字と絵のある区画には入らず、その周囲を回っている。

ばらされた写本の一葉については、散逸した写本の一葉で扱った。

縁の飾りの作り方も見ておきたい。

淡い黄土の地に、影を付けた花と虫を散らす。

影があるので、花も虫も紙の上に落ちているように見える。

つまり縁は、物を置いた台として描かれている。

中央の枠が窓なら、縁は窓辺の卓である。

蝶はその卓の上を飛んでいる。

祈りの言葉を読む人の指は、この縁に触れることになる。

小さな一葉なので、指は縁の幅とほぼ同じである。

肖像の頭の上を、蝶が飛ぶ

六点目は、肖像画である。

モリー・ウェールズ・フォーブスの肖像
ルーファス・ハサウェイ《モリー・ウェールズ・フォーブスの肖像》1790年。館の記録では、油彩・カンヴァス。画面は86.6×81.3センチ。番号は63.201.1。メトロポリタン美術館蔵。ルーファス・ハサウェイ《モリー・ウェールズ・フォーブスの肖像》メトロポリタン美術館蔵

濃い青緑の背景に、女がひとり座っている。

頭には、大きな灰色の飾りが載っている。

羽根を束ねたもので、頭の倍ほどの高さがある。

顔は正面を向き、目は左右にやや離れている。

首には黒い紐が巻かれている。

上着は白く、胸元に花の刺繍がある。

その下は橙色の衣で、裾が広がる。

左手に、開いた扇を持っている。

扇の面には、細かい模様が描かれている。

そして画面の左上に、蝶が二匹いる。

羽を開き、宙に浮かんでいる。

その下には、輪にとまった青い鳥がいる。

さらに、赤い鳥が二羽、椅子の背のあたりにいる。

椅子の下には、黒い猫が座っている。

館の札は「鳥」「肖像」「女性」「猫」「蝶」の五つである。

つまり館は、この画面を五種類のものの集まりとして登録している。

人物は一人だが、生きものは六匹いる。

平らな作りの肖像については、平らな肖像でも扱った。

九点のうち、蝶が人と同じ画面にいるのは、この一点だけである。

そして生きものは、みな同じ大きさで描かれている。

蝶も、鳥も、猫も、輪郭が同じ太さの線で囲まれる。

遠近によって小さくなることがない。

つまりこの画面には、奥行きがほとんどない。

人の顔も、正面から平らに描かれている。

平らな面の上に、生きものが貼り付けられている。

蝶が浮いて見えるのは、その平らさのためでもある。

花の名にも、蝶の語が入る

七点目には、蝶がいない。