美術史・技法

止まった画面に、時計が立っている——ブール・スリンゲラント・歌麿ほか九点

描かれた時計は、手の中にある

ここからは、絵のなかの時計である。

とはいえ、次の一枚も小さい。

時計を持つ男性の肖像
ピーテル・コルネリスゾーン・ファン・スリンゲラント《時計を持つ男性の肖像》1665年から70年ごろ。館の記録では、板に油彩。8.9×7センチ。番号は2017.105。クリーヴランド美術館蔵。ピーテル・コルネリスゾーン・ファン・スリンゲラント《時計を持つ男性の肖像》クリーヴランド美術館蔵

8.9×7センチ。

卵形の時計と、ほとんど変わらない大きさの肖像画である。

楕円の画面のなかで、赤い上着の男がこちらを見ている。

その右手が、小さな丸い時計をつまんで見せている。

背景の右手には、丸屋根の建物がのぞく。

ライデンの町でよく知られた建物、マーレケルクだと豆知識の欄にある。

館の記録では、こうした細密な肖像は手に取って間近に見るためのものだった。

壁に掛けるのではなく、私的な部屋で、手の中で眺める絵である。

画家は、細密な描写で知られたライデンの精密画家の一人だとある。

同じ土地の仲間として、記録はドウの名を挙げている。

画面には、組み文字の署名も入っているという。

来歴の欄によれば、館に入ったのは2017年、ごく新しい収蔵品である。

そして時計について、記録はこう書いている。

手にした時計は、しばしば死すべき身と、過ぎゆく時の象徴とされる、と。

「しばしば」であって、「この絵では」ではない。

この男がなぜ時計をつまんで見せるのか、記録はそれ以上を決めていない。

だから、ここでも決めずにおく。

分かっているのは、時計を見せたがっている、ということだけである。

同じ題の絵が、もう一枚ある。

時計を持つ男性の肖像
コルネリス・ヨンソン・ファン・ケウレン(子)《時計を持つ男性の肖像》1657年。館の記録では、油彩・カンヴァス。83.8×70.5センチ。番号は41.116.3。メトロポリタン美術館蔵。コルネリス・ヨンソン・ファン・ケウレン(子)《時計を持つ男性の肖像》メトロポリタン美術館蔵

《時計を持つ男性の肖像》。

日本語の題が、先ほどの一枚とそっくり同じである。

黒い服に白い襟の男が腰かけ、手元で小さな時計を扱っている。

こちらは1657年の作。

大きさは83.8×70.5センチで、先ほどの肖像の十倍近い。

手の中で見る時計の絵と、壁に掛けて見る時計の絵があったことになる。

この作品の記録は数行で、解説の文はない。

分類の札に、時計、男性、肖像、と並ぶだけである。

出所の欄には、1941年に、亡き人をしのぶ家族の寄贈で入ったとある。

それでも、二枚並べると分かることがある。

同じ題が二度現れるほど、時計を手にした男の肖像は型になっていた。

開いた本と閉じた本を数えた回で見たように、肖像の手には物を持たせるものである。

本なら学のしるし、では時計なら——と、つい読みたくなる。

それに、二人の男はどちらも、時計を巻くでも読むでもなく、ただ持っている。

その先を埋める言葉は、どちらの記録にもない。

読みたさだけが、手元に残る。

実物より小さい絵もある

ここで、寸法の欄を数え直しておく。

九点のうち、寸法の欄が空なのは一点だけである。

残る八点でいちばん大きいのは、ティファニーの247.3センチ。

いちばん小さいのは、エルビエの5.8センチ。

最大も最小も、絵ではなく実物の時計である。

絵と版画は、みなその間に収まっている。

面白いのは、スリンゲラントの肖像である。

8.9センチの絵は、ブールの置時計よりはるかに小さい。

卵形の時計と比べても、一回り大きいだけである。

時計を描いた絵が、時計という実物の大きさに負けることがある。

しかも絵のなかの時計は、その画面のさらに何分の一かで描かれている。

米粒ほどの円で、文字盤が示されているわけである。

精密画家という呼び名は、伊達ではない。

塔の時計と、砂の時計

時計の置き場所は、手の中だけではない。

エヴルーの大時計塔(古きフランス紀行・ノルマンディーより)
リチャード・パークス・ボニントン《エヴルーの大時計塔(古きフランス紀行・ノルマンディーより)》1824年。館の記録では、リトグラフ。番号は1959.23。クリーヴランド美術館蔵。リチャード・パークス・ボニントン《エヴルーの大時計塔(古きフランス紀行・ノルマンディーより)》クリーヴランド美術館蔵

石畳の通りに、人と荷と屋台がひしめいている。

売り買いの立ち話があちこちで起きている、市の日のような賑わいである。

その頭上に、白い塔が高くそびえる。

題によれば、フランスの町エヴルーの大時計塔である。

時計の名を持つ塔が、町の空を受け持っている。

イギリスの画家ボニントンが、古きフランスを巡る叢書のために描いた石版画である。

叢書の名は《古きフランス紀行》、この一枚はノルマンディーの巻に入る。

この記録には、寸法の欄がない。

技法と年と叢書の名だけで、絵の大きさは分からないままである。

記録の生没年を引き算すると、ボニントンの生涯は二十六年しかない。

この版の四年後に、画家は亡くなっている。

塔は一本で立つと数えた回があるとおり、塔は画面の縦を使い切る。

この版でも、塔は画面の上の縁まで伸び上がっている。

通りの群衆に、塔を見上げている人がいるかどうかは、決めにくい。

ただ、見上げてもらえなくても、塔の時計は町のために立ち続ける。

手の中の時計は、持ち主ひとりのものである。

塔の時計は、通りにいる全員のものである。

肖像の時計には持ち主の顔が付くが、塔の時計に持ち主の名は要らない。

同じ道具が、私物にも設備にもなる。

針のない時計も、一点ある。