止まった画面に、時計が立っている——ブール・スリンゲラント・歌麿ほか九点
べっ甲と金のブールの置時計には「時は絶えず進む」という銘があるという。実物の時計と、手の中や塔の上に描かれた時計、題名のなかの時計。九点を数えると、最大も最小も実物の側で、絵の時計はいつも人の傍らにいた。針の指す時刻だけは、どの記録も書かない。

台座の上に、黒い塔が立っている
黒く光る、背の高い置物である。
胴には金色の模様が走り、上のほうに白い文字盤がはまっている。
文字盤のまわりにも、金色の飾りがあふれている。
いちばん上には、小さな像が立つ。
文字盤の下では、翼のある像が身をよじっている。
そのさらに下に、もう一つ、丸い盤が見える。
これは絵ではない。
時計である。

館の記録では、フランスの家具職人ブールの仕事である。
1672年にルイ14世付きの家具職人に任じられた、とある。
べっ甲の面に金属の模様をはめ込む象嵌の技で知られた。
その質の高さは、宮廷と、王に近づきたい人々に好まれたという。
振り子で動く仕組みは、当時はまだ新しい科学の発明だった。
下の丸い盤は、気圧計だと記録は言う。
時計と気圧計を備えたこの置物は、持ち主の富と知性のしるしだったとある。
記録は、この意匠を対比の妙で読んでいる。
建築のようにどっしりした比率に、優美な象嵌の模様。
異なる考えと材料と模様を組み合わせて楽しむ、知的な流行の例だとある。
黒いべっ甲に、金色の金属。
重い胴に、細い針。
たしかに、対比でできた道具である。
胴にはラテン語の銘が刻まれている。
「時は絶えず進む」という意味だと、豆知識の欄にある。
時を計る機械の胴に、時は止まらないと彫ってある。
念の押し方が、どこか可笑しくもある。
さて、当サイトはふだん、絵を見ている。
だが美術館の記録には、絵だけでなく、時計そのものも並んでいる。
そして絵のなかにも、時計はたびたび描き込まれてきた。
考えてみれば、絵と時計は正反対の道具である。
絵は、時間を止めて残す。
時計は、止まらない時間を刻んで見せる。
その時計が絵に入ると、画面に「いま何時か」という問いが持ち込まれる。
止まった画面の中に、進むはずのものが立っている。
実物の時計と、描かれた時計。
九点を並べて、時計がどこにいて、何を知らせているかを数えてみる。
時計は、家具にも首飾りにもなる
次も、実物である。
こちらは、人の背丈を超える。

全体で247.3センチ。
塔のように立つ、木の時計である。
胴の板という板に、細かい彫刻がびっしりと施されている。
館の記録では、1879年にルイス・C・ティファニーが仲間と装飾の会社を作った。
歴史的な様式を離れ、イスラム世界や日本などに手本を求めた一派だとある。
仲間の一人は、彫刻された木材を探してインドを広く旅した。
この時計の彫刻の板も、そのときインドで買われたものらしいという。
機械は、ティファニーの父の店から来た。
文字盤には、その店の名が作り手として入っていると銘の欄にある。
作った会社の名が景色の隣に入る転写皿の回と同じで、作り手の名は文字盤に住む。
インドで彫られた板に、ニューヨークの機械と社名。
一台の時計のなかで、海を渡ってきたものが組み合わさっている。
豆知識の欄は、こう付け加えている。
アメリカの持ち主にとって、この彫りの模様は遠い土地の装飾を思わせた、と。
時計は時刻だけでなく、遠さも運んでいたことになる。
時計は、ここまで大きくなれる。
では、どこまで小さくなれるか。

全体で7.4センチ。
手のひらに包める、卵の形の時計である。
銀の表面いちめんに、人物のひしめく場面が彫り込まれている。
蓋そのものが、小さな浮き彫りの絵になっている。
上に小さな吊り輪が付いているから、提げて身に着けたのだろう。
材料の欄には、銀と鋼と水晶が並ぶ。
鋼は、外からは見えない中の機械の材料だと考えられる。
銘には、パリの作り手マルティノの名が刻まれているという。
1590年から1600年の作である。
四百年あまり前の、持ち歩ける時計である。

こちらは、さらに小さい。
5.8センチの、十字の形をした時計である。
エナメルをかけた金に水晶が組まれ、いちばん下に真珠が一粒下がる。
銘には、グルノーブルの作り手エルビエの名があるという。
卵形と十字形、どちらにも水晶が使われている。
ガラスの板ではなく、磨いた水晶で中を透かして見せる作りである。
二つの小さな時計は、どちらも1929年に、同じ寄贈者から館に入った。
収蔵番号も、1929.994と1929.996で並んでいる。
来歴の欄には、二点とも同じ収集家の名前が見える。
小さな時計は、対で集められ、まとまって手放されたらしい。
時計そのものだけでなく、時計の旅にも足跡が残っている。
ここで、実物の四点を大きい順に並べておく。
247.3センチ、113.7センチ、7.4センチ、5.8センチ。
両端では、四十倍を超える開きがある。
時計という一語が、家具から装身具までをまたいでいる。
材料の欄も、目録のようになる。
べっ甲、真鍮、マホガニー、チーク、銀、鋼、金、水晶、真珠。
絵の具の名は、一つも出てこない。