黄は、地になりやすい色である——清風与平・北斎・モリスほか九点

たいへん大きな縦長の画面である。
額なしで273×176センチある。
人の背丈をはるかに超える。
中央に、女性が座っている。
背には大きな白い翼がある。
頭には葉の冠をかぶる。
上半身は黄色い衣で、胸から下へ流れる。
腰から下には、薄紫の衣が掛かる。
膝の上に、板のようなものを立てて持つ。
右手には、細い棒を握る。
背後には、太い柱と、石の壁がある。
足もとには、草と、丸い器がある。
館の記録では、この二点の大きな絵は、もとある城を飾っていた。
館は温度と湿度を管理するが、城ではそれが難しいという。
そして館は、購入したときの状態を書いている。
表面には亀裂があり、透明な保護の塗膜は、時を経て暗く黄ばんでいた。
修復の担当者が古い塗膜を注意深く取り除き、もとの鮮やかな色を現した。
そして絵の具の失われた部分を、色を合わせて埋めたという。
館の記録は、そう説明している。
つまりこの絵には、二つの黄色があった。
衣の黄色と、塗膜の黄色である。
一方は残され、他方は取り除かれた。
九点のうち、黄が取り除かれたのは、この一点である。
塗膜が黄ばむのは、樹脂が空気と光で変わるからである。
つまり黄ばみは、絵を守った結果でもある。
守るために塗ったものが、色を変えてしまう。
そして取り除けば、下の絵の具も少し失われる。
館の記録は、絵の具の失われた部分を色を合わせて埋めたと書いている。
いま見える黄色い衣にも、後の手が入っているかもしれない。
大きな画面ほど、そうした手当ての跡は広くなる。
273センチの画面では、修復の面積も相応に広い。
黄は、洞の名になり、人の名になる
最後の二点で、黄は言葉になる。

ほぼ正方形の小さな画面である。
26.4×28.4センチしかない。
画面の大部分を、大きな山が占める。
山肌は明るい黄土色である。
その上に、細かい点と短い線が打たれている。
点は濃い墨で、草木を示す。
山の上のほうには、松が数本立つ。
左下には、小さな建物がある。
屋根が二つ重なって見える。
その手前の道を、小さな人が歩いている。
右上には、文字が縦に書かれている。
赤い印もある。
館の記録では、1500年代までに、名所を訪ねることが版本の旅の案内書を増やした。
土地の景色を描くことが盛んになったという。
そしてこの画帖の各葉は、ある湖のまわりの土地を描いている。
作者はその地方を舟で通り、よく知っていたはずだという。
さらに館は、画面の書き込みについても書いている。
地誌のような注記が入っており、この画帖が記念の品、旅の案内、あるいは頭の中の旅のために作られたことを示すという。
館の記録は、そう推測している。
題にある洞の名に、黄の字が入っている。
しかし画面に、黄色い龍はいない。
あるのは、黄土色の山肌だけである。
山肌の黄土は、絹に薄く刷かれている。
墨の点を打つ前に、地の色として置かれたのだろう。
つまりこの黄も、下の面である。
そして洞そのものは、画面に描かれていない。
題が指す場所は、山の向こうか、画面の外にある。
旅の案内として使うなら、それでも足りる。
見る人は、名前を頼りにその場所を思い浮かべる。

胸から上を描いた肖像である。
背景は暗く、何も描かれていない。
男は正面をやや外れ、右を向いている。
顔は骨張り、頬に皺がある。
髪は左右に分けられ、耳の前で束ねられている。
頭の後ろには、羽根が三本立っている。
首には、玉をつないだ飾りが幾重にも掛かる。
肩には、褐色の衣が掛かっている。
胸のあたりには、白い毛皮のようなものがある。
手には、細長い道具を持つ。
腰のあたりには、赤い布が見える。
黄色は、どこにも使われていない。
館の記録では、題はこの人の名である。
その名は、黄色い鷹という意味だという。
つまり黄は、名前の中にしかない。
そして背景を塗らないことも、この一連の作りである。
顔と装いだけを、同じ条件で並べて記録する。
前の回で見た鷹の名を持つ人の肖像も、同じ一連に属する。
色の名を含む呼び名は、この一連にいくつも現れる。
黄色い鷹、しなう柳、石の貝。
呼び名は、色と、生きものと、ものの名でできている。
数えてみると
九点を並べ直す。
黄が面として広がっているのは、四点である。
鉢の外側、ガラスの皿、菊の花、そして山肌。
数えられる色の一つとして使われているのは、三点である。
木版の中間の版、素描の五画材のうちの一つ、そして織物の緯糸。
一点では、黄は時間が生み、そして取り除かれた。
そして一点では、黄は人の名である。
もう一つ数えておく。
九点のうち、黄が緑を帯びているのは二点だけである。
型押しのガラスと、山肌の黄土。
残りの黄は、橙に寄っている。
黄という語が指す幅は、赤や青より広い。
材料が違えば、色の傾きも変わる。
言えることと、言えないこと
言えるのは、黄が「地になりやすい色」だということである。
鉢の外側も、ガラスの皿も、山肌も、面を覆っている。
そして木版では、いちばん明るい階調を担っていた。
九点のうち五点で、黄はほかの色を載せる下の面である。
赤が小さな面積で効いたのと、ちょうど逆である。
言えないのは、黄がつねに意図された色だという話である。
大きな油彩では、黄ばみは取り除くべきものだった。
同じ画面の中に、残すべき黄と、除くべき黄があった。
その二つを分けるのは、色の見た目ではない。
いつ、誰が置いたかである。
最後に、はじめの鉢へ戻る。
外側は黄色く、内側は白い。
料理を盛れば、見えるのは白いほうである。
黄色は、卓に置かれた鉢の外側にだけある。
つまりこの色は、使う人ではなく、まわりの人のためにある。
九点を数え終えて残るのは、その外向きの黄のほうである。








