象の大きさは、隣に立つ人が証明する——スワン・アンドレアーニ・ディーン・ダヤールほか九点
象は、象で捕らえる
四点目は、写本の一葉である。

金と青の縁飾りに囲まれた一葉である。
内側の画面は、淡い色で描かれている。
上のほうには、なだらかな丘と、遠くの町が見える。
丘には木が点々と生える。
その左上に、馬に乗った人物がいる。
供の者が、長い柄の払子を高く掲げている。
画面の中ほどから下にかけて、象がいる。
大きな体が幾つも重なり、前へ向かって進む。
そのうち二頭には、人が乗っている。
乗り手は棒を持ち、前の象を追っている。
追われている象は、鼻を上げ、口を開けている。
人の姿は、象の脚ほどの大きさしかない。
館の記録では、これはある皇帝の伝記のための絵である。
その人の治世の初め、野生の象の群れに出会い、多くを捕らえて厩に入れたという。
左上で馬に乗っているのがその人で、部下に指図している。
手前では、飼いならされた象二頭が追いかけている。
館の記録は、捕らえ方も書いている。
飼いならした象で野生の象を追い、つなぎ合わせ、好物を与える。
そして館は、遠景の町並みや丘の描き方について、欧州の版画が手本になったと付け加える。
つまりこの一葉には、二つの土地の見方が重なっている。
館の記録は、この出来事の年も書いている。
治世の初め、1564年のこととされる。
絵が作られたのは、そのおよそ四十年後である。
つまりこれは、その場を見て描かれた絵ではない。
伝記の挿絵として、あとから構成された場面である。
縁飾りが加えられたのは、さらに百年ほど後だという。
一枚の紙の上に、三つの時期が重なっている。
そして裏には、別の人の書がある。
表が絵、裏が書という作りで、画帖に綴じられていた。
象は、大砲を運ぶ
五点目は写真である。

褐色がかった横長の一枚である。
上のほうに、平らな地平線が走る。
その上に、城塞らしい建物が長く続く。
塔がいくつも並び、壁が横に伸びる。
画面の中ほどから下は、乾いた平地である。
そこに、象が何頭も並んでいる。
体は黒く、輪郭が重なり合う。
数えると、十頭を超える。
象のあいだに、人が立っている。
そして手前には、車輪の付いた大きな筒がある。
大砲である。
牛も何頭か混じっている。
館の記録では、象の部隊の演習は欧州の目には珍しく、見物人を集めた。
その写真は、軍の記念としてよく売れたという。
そして館は、象の役目の変化についても書いている。
インドでは紀元前から戦いに象が使われてきた。
しかし重い大砲が現れると、その役目は攻撃から支援に移った。
大砲と物資を運び、伐採や工事に使われるようになったという。
さらに一行が添えられている。
象二頭が扱える荷を引くには、牛が何頭も要った。
館の記録は、そう比べている。
同じ写真家の牛の隊列は、牛の回で見た。
そちらでは、角の長い牛が数えきれないほど並んでいた。
こちらでは、象が十頭あまりで同じ仕事をしている。
凱旋の行列で、象は松明を運ぶ
六点目は、木版である。

正方形に近い画面である。
灰色と褐色の濃淡だけで刷られている。
画面の中央に、象が三頭、横並びで進む。
体は太く、皺が細かく彫られている。
鼻は前へ伸び、先が巻いている。
耳は小さく、頭に張り付いている。
背には布が掛けられ、その上に飾りが載る。
象の背から、長い燭台が高く立ち上がる。
燭台の先には、炎が揺れている。
象のまわりには、人が大勢いる。
みな上を向き、腕を上げている。
奥には旗と、建物の一部が見える。
館の記録では、この連作はある公の注文で作られた。
一世紀前に描かれた凱旋の絵を、木版に写したものだという。
古代の将軍が戦に勝って行った行列を、想像して描いている。
続き絵の各場面には、こうした行列に典型的な要素が入っている。
館の記録は、そう書いている。
そして興味深い一行が添えられている。
この版画を組で持っていた人は、しばしば壁に留めて帯状の飾りにした。
作者は、切り抜いて場面のあいだに置ける柱の紙も一緒に売っていたという。
つまりこの象たちは、家の壁を一周するために刷られた。
キアロスクーロ木版という技法も見ておきたい。
色の違う板を何枚か重ねて刷り、明暗を作る。
線を彫った板と、面を彫った板を別に用意する。
そのため、この画面には輪郭線と灰色の面が同時にある。
象の皺は線で、体の丸みは面で作られている。
もし線だけなら、これほど重い体には見えない。
技法の選び方が、獣の重さの見え方を決めている。
行列という主題については、行列でも扱った。
見世物の象に、道化が乗る
七点目は、二十世紀の水彩である。